朝鮮統一問題 統一した際の諸問題

朝鮮統一問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/24 20:04 UTC 版)

統一した際の諸問題

国民意識

朝鮮半島の分断には様々な要因があるが、1948年8月13日の李承晩による大韓民国(以下韓国)の建国宣言と、それに伴う同年9月9日の金日成による朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の建国宣言が、その中でも最も大きな要因と考えられている。しかし、韓国の『中央日報』が2005年9月に伝えた報道によると、「朝鮮半島分断の責任はどこの国にあるか」というアンケートにおいて、アメリカ53%、日本15.8%、ロシア(ソ連)13.7%、中国8.8%という結果になっている[32]。このように、統一に要する負担をアメリカ・日本・ロシア・中国に求める意見も少なくない。また、下記のような経済的な負担が考えられることから、表向きは統一を願いつつも、実際には現在の分断状態を維持したほうが良いと考える層や韓国国外への脱出をはかる層も存在する。北朝鮮の世界的な孤立状況と南北の経済格差、韓国の資本主義と北朝鮮の共産主義が全く正反対にあることから、現実的に統一は無理なのではないかとする声もある。

また、韓国では一部の人が「統一新羅時代から朝鮮(韓)民族は言語や伝統、歴史を共有してきたが、朝鮮戦争後の社会体制の違いから南北の人間はもう既に別民族」とする考えもおこってきている。韓国のニューライト新右派)などは、統一問題には冷淡であり、北朝鮮が崩壊したら、周辺諸国が共同管理すればよいと主張する。

韓国で大学修学能力試験(日本の大学入学共通テストに相当)を終えた高校生を対象に、統一問題や安全保障問題について講義や講演を行った脱北者によると、受講生は講義中の私語(大声で笑う、騒ぐ)やスマホいじりが多く、時には大声で通話することもあるなど学級崩壊授業崩壊が酷く、教師も全く注意しないほか、中には「北朝鮮の悪い点をあまり強調しないでほしい」と求める教師もいるという[33]。そして、生徒に「私はこの韓国が嫌いです。北朝鮮に行くことはできませんか?」「統一が実現すれば、北朝鮮の核兵器も韓国のものになるのだから、なぜこれをなくそうとするのか」などと質問されたことがあるといい、「韓国の学校では北朝鮮について一体どのように教えているのか。韓国の高校生は北朝鮮の実情についてあまりにも無知で、また安全保障という概念さえ持ち合わせていない」と韓国の教育現場を批判している[34]

北朝鮮については、言論の自由がない情報統制国家ゆえに、国民の統一に関する意識がどの程度なのかは定かではない。

統一に要する費用

統一に要する費用については、アメリカの『ウォール・ストリート・ジャーナル』が報じたところ、世界銀行などの試算によると、約2兆ドル~3兆ドル(日本円にして約204兆円~306兆円)とも言われており、これは韓国のGDPの約1.5倍にも相当する。現在、韓国と北朝鮮との経済格差はおおよそ30:1と換算されており、統一が実現した場合には国力に勝る韓国がその大部分を負担し、北朝鮮へのインフラ整備や食糧支援を始めとした総合的な援助を長期的に行う必要があるとされる。そのような巨大な負担を韓国が担うことが出来るかという点については、大いに疑問視されており、負担の一部を国際社会からの援助で賄うことができたとしても、韓国がその負担に耐え切れず、朝鮮半島の経済が崩壊してしまうのではないかとも危惧されている。

GDPランキング177位の北朝鮮と10位の韓国とは経済力に差がありすぎるため、韓国国民が反対している。

なお、過去に日本が朝鮮半島を併合した時も同様で、日本は巨額の税金を朝鮮半島のインフラストラクチュア整備などに投入し続け、半島経営についての収支は常に赤字であったとされている。また、1990年東西ドイツ統一の場合も、経済格差は西ドイツ3:東ドイツ1であったと言われており、統一後のドイツ連邦共和国に於ける長期に渡る不況や、現在も存在する旧東ドイツ領域との経済格差による問題などが大きな国内問題となった。

しかし、一方で、1989年ベルリンの壁崩壊によって、人民民主主義体制であった東ヨーロッパの諸社会主義国自由民主主義化が進み、それが1991年12月のソビエト連邦の崩壊に結びつき、ヨーロッパおよび世界に「平和の配当」をもたらしたことも事実である。北朝鮮の民主化と韓国による統一が、この地域の軍事緊張を低下させるのであれば、それは周辺諸国にとっても経済的にも安全保障的にもプラスとなる。このように、長期的には東アジアの民主化の進行はこの地域に恩恵をもたらすことは否定できない。その意味で、慎重かつ着実な統一の前進を求める声も根強い。  

統一後の国家体制

韓国は1987年の「民主化宣言」以後、資本主義体制の自由民主主義国家であり、北朝鮮は共産主義マルクス=レーニン主義)から「主体思想」に移行した独裁国家であるが、統一した場合の国家体制については全く不透明な状態となっている。このような全く正反対とも言える体制の分断国家同士が統一した例としては、ベトナムの統一(1975年 - 1976年)、イエメンの統一(1990年5月22日)、東西ドイツの再統一1990年10月3日)があげられる。共産主義国家に吸収されたベトナムでは華僑・地主層・資本家などを含む大量の難民が発生し(ベトナム難民)、資本主義国家に吸収されたドイツでは難民は発生しなかったものの統一後の社会インフラストラクチュアの整備などで巨額のコストと失業などが発生し、北イエメン主導で統一が達成されたイエメンでは旧南イエメン勢力が分離独立を求め、1994年イエメン内戦が勃発している。

朝鮮半島、周辺諸国および世界にも混乱をもたらす大量の難民を出さないために現実的に考えられるのは韓国による北朝鮮の緩やかな併合と思われるが、その過程において、北朝鮮の国民が資本主義や民主主義を理解し受け入れることができるか、またその為の教育や努力を韓国が為しうるかについても相当の困難が予想され、実現にはかなりの長期間が必要であると考えられる。

また、資本主義体制の香港及びマカオが社会主義体制の中国に返還された際には一国二制度が採用されたが、同じように朝鮮半島も片方による吸収統一を行わずに一国二制度のような形式をとる可能性もあり、北朝鮮は連邦制、韓国は緩やかな連合制を主張している。

共通通貨

統一後、共通の通貨が用いられることが予想されている。大韓民国ウォン(韓国ウォン)と朝鮮民主主義人民共和国ウォン(北朝鮮ウォン)の為替レートは2018年6月時点でおよそ1:8の比率である[35]。1990年の東西ドイツ統一により発行された新マルクを比較対象とした場合、西ドイツマルク東ドイツマルクのレートは統一直前時点でおよそ1:10である[35]。東西ドイツは南北朝鮮より経済格差が小さかったにもかかわらず「差が大きいため、いきなり統一するのは難しい」と言われていた[36]。朝鮮が統合通貨を用いた場合、統合比率如何によって北朝鮮ウォンの貿易競争力を失い[注 2]、生産力も落ちる[36]。これを避けるため大幅なレートの差を残して統一した場合、北側(現・北朝鮮)の住民が南側(現・韓国)になだれ込み、社会問題化する懸念がある[36]。想定される新通貨は、韓国ウォンに一本化する方法(ドイツ型)、もしくは全く新しい統一ウォンであり、前者よりも後者の方法が朝鮮民族は納得するだろうと考え得る[37]。しかしながら、国家の統一なくとも通貨同盟を実施して、それぞれ独立国家体制を維持したまま共通通貨を使用することもできる。

その他考えられる諸問題

統一後は、元韓国領地域へ大量に流入すると思われる北朝鮮地域からの住民の移動により、治安の悪化や都市のスラム化が進むと考えられている。また、このような問題に端を発する差別や排斥運動なども懸念される。また、現在も存在する北朝鮮の情報工作員や過激な民族主義者が統一後の韓国を混乱させるのではないかという事も危惧される。この混乱が半島内に収まらず、日本や中国などの近隣諸国へも悪影響を及ぼす可能性も懸念される。一方で、このまま北朝鮮が存続しても、不安定な軍事独裁国家として周辺諸国の脅威となり、また、「脱北者」と呼ばれる難民を生み出し続けることとなる。特に陸続きの中国では、今でも大量の脱北者が存在するとされている。従って、一時的な負担は大きくても、統一による「平和の配当」が期待できるという見方もある。

中国は、北東アジア最大の鉄鉱石埋蔵量を誇る北朝鮮の茂山鉱山の50年間の採掘権を獲得し、また羅津港の50年間の使用権を獲得するなど北朝鮮の経済的利権を囲い込んでいる。そのため、南北統一が実現すれば、中国の巨大な北朝鮮の経済権益を喪失しかねない。また、北朝鮮が崩壊すれば、大量の難民が中国に流入し、中国の社会秩序さえ不安定化するため、重村智計[38]礒﨑敦仁[39]の2人も北朝鮮が崩壊、内戦クーデター等の混乱状態に陥れば中国が北朝鮮に軍事介入する可能性を指摘している。また、韓国主導で南北統一が実現すれば、中国はアメリカと同盟関係にあり、在韓米軍基地の存在する国家と国境を接することになる。従って中国は、安全保障の観点から北朝鮮の存続を望んでいると考えられている。


注釈

  1. ^ 韓国は建国以来「中国を代表する国家」として中華民国国家承認しており、台湾の中華民国政府を「正統な中国政府」としていた。そのため、1992年に国交を結ぶまで、韓国は北京の中華人民共和国を国家承認していなかった。詳細は台韓関係を参照のこと。
  2. ^ 安い通貨は輸出に有利に働く。

出典

  1. ^ a b c d e f g h 憲法まで改定する金正恩委員長…「韓国は不変の主敵、対南機関廃止」念を押す(2)”. 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2024年1月16日閲覧。
  2. ^ a b 金正恩氏、「南北統一」の目標を放棄 韓国を「第1の敵国」に定めるべきと”. BBC. 2024年1月18日閲覧。
  3. ^ a b 北朝鮮が韓国を「大韓民国」と呼び始めたのはなぜなのか 朝鮮労働党機関紙から「わが民族」も消えた:東京新聞 TOKYO Web”. 東京新聞 TOKYO Web. 2024年1月6日閲覧。
  4. ^ a b チョソン・ドットコム/朝鮮日報日本語版 (2024年1月6日). “黄海で砲撃の北朝鮮「民族・同族の概念は我々の認識から削除」”. www.chosunonline.com. 2024年1月6日閲覧。
  5. ^ a b c 憲法まで改定する金正恩委員長…「韓国は不変の主敵、対南機関廃止」念を押す(1)”. 中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします. 2024年1月16日閲覧。
  6. ^ a b 田中(2011:4)
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  15. ^ 田中(2011:70-71)
  16. ^ 田中(2011:72-73)
  17. ^ 田中(2011:73)
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  19. ^ 田中(2011:82-85)
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  21. ^ 田中(2011:85-95)
  22. ^ 田中(2011:112-114)
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  24. ^ a b “金与正氏が談話で異例の「大韓民国」使用 韓国は「別の国」と強調か”. 聯合ニュース. (2023年7月11日). https://jp.yna.co.kr/view/AJP20230711001200882?section=nk/index 2023年7月11日閲覧。 
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  26. ^ 石坂(2006:192-193)
  27. ^ 石坂(2006:194)
  28. ^ 金正恩除去は1750億ドルかかる、新説を主張”. www.inquisitr.com. 2020年2月11日閲覧。
  29. ^ 権力と核を手放すために北朝鮮のエリートに金を払えるだろうか? | NK News”. NK News - North Korea News (2017年4月28日). 2020年2月11日閲覧。
  30. ^ Iverson, Shepherd (7 March 2017). Stop North Korea ! : a radical new approach to the North Korean standoff. ISBN 9780804848596 
  31. ^ “金委員長の「同族ではない」宣言後…北朝鮮、南北交流窓口をすべて整理”. (2024年1月16日). https://japan.hani.co.kr/arti/politics/48906.html 
  32. ^ “韓国民の53%「米国に分断の責任」”. 中央日報. (2005年9月12日). http://japanese.joins.com/article/574/67574.html 2014年4月17日閲覧。 
  33. ^ “【寄稿】北朝鮮についてあまりにも無知な韓国の高校生(1/2)”. 朝鮮日報. (2016年2月9日5時10分). http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/02/05/2016020502402.html 2016年2月9日閲覧。 
  34. ^ “【寄稿】北朝鮮についてあまりにも無知な韓国の高校生(2/2)”. 朝鮮日報. (2016年2月9日5時10分). http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/02/05/2016020502402_2.html 2016年2月9日閲覧。 
  35. ^ a b “南北統一なら「新ウォン」か【フィスコ・コラム】”. フィスコ. (2018年6月17日). https://web.fisco.jp/FiscoPFApl/SelectedNewsDetailWeb?cntntId=00093400&nwsId=0009340020180617002 
  36. ^ a b c ファン・ジョンイル (2018年5月1日). “韓国が期待する「北朝鮮ビジネス」の皮算用 南北経済協力の推進は経済浮揚につながるか”. 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/219069 
  37. ^ フラスベック&ホーン(1997:259)
  38. ^ ポスト金正日--揺れる北朝鮮の行方を占う 『正論』2008年11月号
  39. ^ 週刊東洋経済』2010年2月6日号


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