服部駅 (石川県) 服部駅 (石川県)の概要

服部駅 (石川県)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/11 18:18 UTC 版)

服部駅
はっとり
Hattori
瀬木野 (0.5 km)
(0.8 km) 加賀河合
所在地 石川県白山市河合町
所属路線 金名線
キロ程 5.0 km(加賀一の宮起点)
野町から20.9 km
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗降人員
-統計年度-
0人/日
-1984年-
開業年月日 1955年昭和30年)12月10日
廃止年月日 1987年(昭和62年)4月29日
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概要

開業当初は列車交換可能駅(閉塞取扱駅)であったが、最終時は単式ホーム1面1線の無人駅だった[1]。乗降客数は1984年当時、一日平均0人[1]

「服部」の名は、良質の陶石を産出していた「服部鉱山辰口町)」の名にちなんでおり、陶石を全国に向けて出荷していた。駅近辺には手取川対岸の河内村福岡へ架かる福岡橋があり、同村からの乗降客も多かった[要出典]瀬木野駅#まぼろしの「手取福岡駅」参照のこと)。

歴史

服部鉱山と服部駅

服部鉱山は1930年(昭和5年)に、根上町出身の岡元静二が創業した服部鉱業株式会社(現・ハットリ株式会社[1])が本格的に採掘を始めた鉱山である。同鉱山は谷奥の交通不便なところにあるため、当初は2.7 kmも離れた北陸鉄道能美線加賀佐野駅まで荷車や馬車で運び出荷していた。しかし山越えして鳥越側から出したほうが近いとして、1935年(昭和10年)に鳥越村河合まで1200 mの玉村式単線木索道を架設し、河合から馬車で加賀一の宮駅まで運び、貨車で出荷するようになった。その後、服部陶石の優秀さが認められ量産化が進んだので、1944年(昭和19年)に当駅横に砕石・選鉱場を設け、専用側線をひいて搬出の能率化を図ったのであった。
現在、陶石の出荷は、辰口側より加賀産業道路を用いて行われている。

隣の駅

北陸鉄道
金名線
瀬木野駅 - 服部駅 - 加賀河合駅

  1. ^ a b c d e RM LIBRARY 231 北陸鉄道金名線(寺田裕一・著 ネコ・パブリッシング 2018年11月1日初版)p.34 - 35


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