心肺蘇生法 日本における成人へのCPRの実施例

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心肺蘇生法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/12 01:39 UTC 版)

日本における成人へのCPRの実施例

以下に意識・呼吸ともに無い場合のCPRを行う手順の概略をJRC ガイドライン2015に沿って記す。 CPRは厳密にはAEDを含まないが、実際には不可分であるため、ここではAEDも含めたBLSの範囲で手順を説明する。各手順の詳細は一次救命処置(BLS)を参照されたい。

1. 安全を確認

二次災害を防ぐため、まず周囲の安全を確認する。

2. 意識の確認

意識の有無を確認する(両手で両肩を叩きながら、相手の耳元で「大丈夫ですか?」と呼びかける。また、証明書類などから名前がわかっている場合には、「○○さん、大丈夫ですか?」と呼びかけると、より効果的である)。

3. 応援を呼ぶ

119番に通報。訓練を受けていない人は、その場で自分で携帯から119番通報をすれば、何を確認してどうすればよいかのアドバイスが得られる。そのアドバイスの中にAEDの手配、及び以下のCPRのやり方が含まれる。
極力まわりの人を巻き込む。例えばAEDを取りに行ってもらう、119番通報した際に電話を切らずに指示を仰ぐ(電話口で通信指令員に相談する)。

4. 呼吸の確認

見た範囲で規則的で正常な呼吸をしているか。呼吸していれば回復体位。判別不能、不自然な呼吸、または10秒以内に確認できなければ「呼吸無し」として扱う。不自然な呼吸、例えばしゃくりあげるようなゆっくりとした不規則な呼吸は「死戦期呼吸」といい、心停止(心室細動)直後数分の間に約半数の人に起きる。これを「呼吸有り」と安心してしまうと大切な救命のチャンスを逃してしまう。呼吸の確認に迷ったらすぐに胸骨圧迫をする。

5. 心臓マッサージ(胸骨圧迫)(Circulation, C)

前述。

6. 気道確保(A:Airway)

訓練を受けていない市民救助者は行わなくてよい。
訓練を受け、自信のある市民救助者の場合は、仰向けに寝かせた状態で片方の手で額を押さえ、もう片方の人差し指と中指で顎を上に持ち上げる(頭部後屈顎先挙上法)ことにより行う。口の中に異物があれば除去する。
感染防止用フェースシールド[22]

7. 人工呼吸(B:Breathing)

訓練を受けていない市民救助者は行わなくてよい。
訓練を受け、自信のある市民救助者の場合は、鼻を押さえ胸部がふくらむよう息を約1秒吹き込む。この際、感染病防止の観点から専用のポケットマスク等を患者の口に取り付ける[注釈 2]。人工呼吸を行う間隔は胸骨圧迫30回毎に2回が目安。ただしこのための胸骨圧迫の中断は10秒以内とする。

8. AEDによる除細動(D:Defibrillation)

AEDが到着したら使用する。体が濡れていれば拭き取る。それ以外の手順はAEDの音声ガイダンスに従えば良い。公共の場に配備されているAEDは一般の人でも使えるように操作を自動化しており、電気ショックが必要であるかどうかもAEDが心電図を解析し自動的に判断する。

なお、アメリカ心臓協会(AHA)のTVコマーシャル では、一般市民向けにもっと簡略化して「まず救急へ通報、次に胸の真ん中を強く早く押す」、だけを強調している。そして「早く」、つまり胸骨圧迫のテンポについては、ディスコ映画の「サタデー・ナイト・フィーバー」の名曲「ステイン・アライヴ」を推奨している。この曲のテンポは1分間に103回で、思い出しながら押すと約113回/分であったということから採用された。「強く」の程度については触れていない。とっさの場合には深さの検証など出来ないし、CPRの講習で4-5cm(旧ガイドライン)といっても初心者はおおむねそれより弱い。従って「強く」だけ意識してもらえれば良いということである。

ハンズオンリーCPR、すなわち胸骨圧迫だけでも良いとする根拠は、現行のガイドラインが、すべての人に完璧な心肺蘇生法を要求するのではなく、ひとつだけでも正しいことが行えるように普及することを、救命のための重要な理念としているためである。そのことから蘇生の最も重要な鍵とされている絶え間ない胸骨圧迫に焦点を置いた指導をいう。実際の場面では人工呼吸への抵抗感からCPRを躊躇する人が多く、胸骨圧迫だけで良いならCPRの実施率が期待できること。目の前で倒れた人の場合は、倒れて10分程度の救急車が来るまでの時間であれば、絶え間ない胸骨圧迫が行われた場合の救命率が高いというデータがあることなどによる。ただし、呼吸停止から心停止となることが多い小児や溺水などの心停止では、血液中の酸素の枯渇が必発であるため人工呼吸が必要である。

ガイドライン2015での変更点

ポイントは胸骨圧迫を極力早く行うこととその中断を最小にすることである。またすべての救助者が訓練の有無に関わらずCPRを実施することが可能なように手順を分かりやすくしたことである。また119番側では連絡をしてきた者に胸骨圧迫のみのCPRを指導するべきであるとした[注釈 3]。手順の主な変更は次の通り。

  • 胸骨圧迫の深さが「4-5cm程度」、「少なくとも5cm以上」を経て「5cm以上で6cmを超えない」に。(小児や乳児の場合は胸の厚みの1/3)
  • 胸骨圧迫のテンポが「100回/分程度」、「少なくとも100回/分以上」を経て「100回/分から120回/分」に。
  • 胸骨圧迫は『押したらしっかりと胸を元に戻す』が強調された。圧迫と圧迫との間で力を入れたり、もたれかかったりしない。止まってしまった心臓の代わりに血液を循環させるイメージを持ち、適切な圧迫と圧の解除する。
  • 胸骨圧迫の中断が10秒を超えないようにすることが強調された。AEDの電極パッドを貼る際も胸骨圧迫を継続する事が望ましいので、心肺蘇生はなるべく複数人で助け合って行うように。
  • 呼吸が異常と感じた場合は心停止状態とみなして、ためらわず胸骨圧迫するように改訂された。傷病者を発見したら正常な呼吸かどうか、意識があるかの確認をするが、この時不自然と感じたり、心停止かどうか迷った場合にはすぐにCPR(心肺蘇生法)を開始する。
  • 脈の確認はガイドライン2005から不要。医療従事者でも正確ではなくかつ時間を要する。市民救助者には心理的抵抗感も大きい。
  • 胸骨圧迫の位置は「胸の真ん中」。「両乳首の真ん中」より即座に判りやすく[注釈 4]、判断が容易であるので圧迫開始が早くなる。衣服の上からで良い。
  • 人工呼吸の訓練を受けており、それを行う意思がある救助者は、全ての成人心停止傷病者に対して胸骨圧迫と人工呼吸を実施することを提案している。

注釈

  1. ^ 通常「心臓マッサージ」といわれるものは、正確には「胸骨圧迫」。
  2. ^ AEDの中にはたいていは透明ビニールシートでできたフェイスシールドが入っている。ただしこれは直接口を付けることへの心理的抵抗を減らす目的のものであって、吐瀉物などをブロックする効果は無いか、または十分ではない。
  3. ^ JRC(日本蘇生協議会)には日本赤十字社や消防庁も加わっている。
  4. ^ 乳頭と乳頭を結んだ線上というのは信頼性に欠けるとする。「胸の真ん中」は誤差が少ない。

出典

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