国鉄マニ30形客車
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/04 04:14 UTC 版)
参考文献
- 西橋雅之・石橋一郎『荷物車・郵便車の世界 昭和50年代のマニ・オユの記録』(クリエイティブ・モア、2003年) p80 - p81
- ネコ・パブリッシング『Rail Magazine』1988年3月号 No.51 p88 - p89
- プレス・アイゼンバーン『とれいん』2004年8月号 No.356 p44 - p51・p118 - p119
- 交友社 『鉄道ファン』2004年9月号 No.521 p120 -124
- 小川裕夫 『封印された鉄道史』(第1刷)彩図社、2010年6月18日。ISBN 978-4-8839-2742-5。
- 和田洋 『現金輸送車物語 -タブーとなったマニ34・30形-』ネコ・パブリッシング〈RM LIBRARY 208〉、2016年12月。ISBN 978-4-7770-5402-2。
注釈
- ^ 意味合いとしては、自動車の現金輸送車(警備会社が所有)の鉄道版といえる。
- ^ 新製時の形式図では台枠はマニ32形(35以降)に採用されたUF116とされているが、帝車製のマニ34 4 - 6のうち2両については戦災車の台枠(UF30)を転用した可能性が指摘されている。また台車はTR40形とされているが、当時はころ軸受けの信頼性が低かったため郵便車に準じて平軸受けのTR23Aを採用している[4]。
- ^ 出発時は日本銀行の別の担当者が荷物室の鍵を持ち帰り、到着駅にて支店の担当者が鍵を持参して荷物室を開けた。
- ^ 貨物列車が運転されていない線区では、当車両だけを機関車で牽引する臨時貨物列車のダイヤが設定された。
出典
- ^ “小樽百景~現金輸送車「マニ30形2012号」|キタル、オタル。|小樽を楽しむ時間を育てるための超発信型小樽ファンサイト”. 2021年9月4日閲覧。
- ^ rml208 2016, p. 11.
- ^ 小川 2010, pp. 12–13.
- ^ rml208 2016, pp. 21–22.
- ^ rml208 2016, p. 38.
- ^ rml208 2016, pp. 13–15.
- ^ rml208 2016, p. 5.
- ^ rml208 2016, p. 6.
- ^ rml208 2016, p. 47.
- ^ a b rml208 2016, p. 43
- ^ 小川 2010, pp. 13–14.
- ^ a b rml208 2016, p. 33, 名取紀之「悔恨のマニ30」
- ^ 小川 2010, pp. 14–15.
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