名古屋妊婦切り裂き殺人事件 犯人像の推測

名古屋妊婦切り裂き殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/06 08:50 UTC 版)

犯人像の推測

夫・顔見知りの人物への嫌疑→「外部犯」の線に
愛知県警特捜本部は最初、以下の事情から夫の男性に嫌疑を向けたが、被害者の死亡推定時刻である15時前後にはまだ会社で勤務していたためにアリバイが成立した[書籍 8]
  • 帰宅した直後、家の異変に気づきながらも妻の存在を確かめず、妻の姿を捜す前にスーツから着替えていたこと[書籍 8]
    • 当日は「本来は施錠してあるはずのドアがすんなりと開き、部屋の電灯も点灯されていなかった」[書籍 9]
  • 報道陣の前で男性が「妻はワインが好きだったので、ワインを注がせてください」と言いながら、グラスに赤ワインを注いで霊前に供えた行為を特捜本部は「あまりにも落ち着き払ったパフォーマンス」という先入観を抱いた[書籍 8]
夫の潔白が証明されてからも特捜本部は「顔見知りによる犯行」と推測して捜査を進めていたが、聞き込み捜査の結果、事件当日に現場アパート付近で有力な不審者の目撃情報が上がったことから「外部犯の犯行」とする線が強くなった[書籍 8]
最後の目撃者
生前の被害者妊婦に出会った最後の人物は「被害者女性の友人で愛知県海部郡蟹江町在住の30歳代女性」で[新聞 3]、この女性は手土産のイチゴを持参して3歳の娘とともに乗用車で被害者宅を訪問し[新聞 18]、事件当日の13時50分 - 15時ごろまで被害者宅で被害者女性と談笑していた[新聞 18][書籍 10]。この時、被害者女性はこの友人女性が帰宅する際にアパートの駐車場まで見送ったが、その際には玄関を施錠していなかった[書籍 10]
  • これに加え、被害者女性は友人女性に対し「自分たちの隣の部屋が空き家の状態だが、時折見知らぬ男性が出入りしているのを目撃しているので不安だ」という趣旨の話をしていた[書籍 10]
  • また事件当日、被害者遺族の男性が電話を借りた階下の家には30歳代前後の不審な男が訪問し、前述のようにその部屋の住民に「ナカムラさんのところを知りませんか?」と尋ねていた[書籍 10]
さらに連日の聞き込み捜査の結果、以下のように新たな証言がもたらされた。
  • 「事件当日14時30分ごろ、エンジンをアイドリングした自動車がアパート駐車場に停めてあった」[書籍 1]
  • 近隣在住の小学生男児2人(5年生・3年生)が「犯行当日16時半ごろ、事件現場付近で見知らぬ不審な男が、時折道路北側の家を窺うように俯きながらうろついていた」と証言した[新聞 3][新聞 16]。その目撃証言によれば男の特徴は以下の通りだった。
    • 「年齢は37歳もしくは38歳程度、身長は約175センチメートル」[新聞 3]
    • 「丈の長い黒っぽいジャンパー姿で眼鏡はかけておらず薄茶色のベレー帽のような帽子を被っていた」[新聞 16]
    • 「コートの襟を立てて顔を隠すような姿勢で俯き加減に、両手はポケットに入れて歩いていた」[新聞 3]
事件発覚直前の当日19時ごろ、上記とは別の小学5年生男児が算盤塾から帰る途中で「現場マンション西側の路上で、前述の特徴と同じような人相の男が約10分ほどうろついていたのを目撃した」と証言した[新聞 3]
「素人の怨恨犯」ではなく「外部から侵入したプロの猟奇殺人鬼」
捜査開始直後、県警は現場に争った形跡がなかったことなどから「怨恨の筋が強い」と推測していたが、素人の怨恨犯ならば「凶器・指紋など何らかの物的証拠を残していると考えられる」のに対し、本事件では「凶器が発見されない」「犯人の遺留物も見当たらない」「指紋が丁寧に拭き取られていた」など、犯行後にかなり冷静・確実に証拠隠滅を図ったことが推測されたため、「外部犯、それもプロの犯行」という線が強くなっていった[書籍 1]
医療関係者説
腹部が38cmにわたり「カッターナイフのような薄い刃物で2,3回同じ箇所をなぞって切られる」という手際のよい方法で切り裂かれていた上、臍帯も切断されていたため、「医学に関する専門知識をある程度持った人物、すなわち異常性格者に限らず医者・医学生による犯行」という可能性も浮上した[書籍 11]
そのために捜査本部は「犯人は妊婦に異常な関心があり、医学的知識を持った成人男性」という人物を犯人像と仮定して捜査を進めていた[書籍 12]
しかし遺体の傷を調べたところ以下のように実際の帝王切開とはあまりにも大きく異なっていたため「医療関係者が犯人」とする仮定は成立しなくなった。
  • 産婦人科医・是澤光彦(1999年当時・三楽病院産婦人科部長)によれば通常の帝王切開においては「腹を横に切る。何らかの理由で縦に切る必要がある場合は(下腹部にある膀胱を傷つけないために)の直下から下向きに切る。そして切開の際も犯人のように一気に切るのではなく、腹壁・腹膜を順に10 - 15センチ切開してから子宮を切開する」という方法を取るため、医者の犯行であればあり得ない方法であった[書籍 12]
    • なお通常の産婦人科医による帝王切開においては縫合完了まで含めて30分程度、うち切開から胎児を取り出すまでに3分 - 5分かかるが、不慣れな人間が行ったとなればさらに時間を要する[書籍 12]。また、母体が死亡すれば臍帯から酸素が供給されなくなり10分から15分程度で胎児も死亡するため、犯人は「被害者を絞殺してから十数分の間に腹部を切開して胎児を取り出した」と推測されたが、是澤は「まったく帝王切開の経験がない人間が母体の腹部を切開してから十数分の間に胎児を取り出すことはほぼ不可能だ」と証言した[書籍 12]
  • 一方で被害者の傷を調べたところ「下から上へ」つまり帝王切開の向きとは逆方向に切られており、さらに傷そのものも帝王切開と比べてあまりにも大きいものだった[書籍 12]
少年説
これに加えて名古屋アベック殺人事件発生直後であることに加え「妊婦の腹部を切り裂いてその中に物を入れる」という猟奇的犯行から「命の尊さ・怖さを知らない子供による犯行」即ち少年犯罪説を提唱し、事件から約半年後に捜査員に教えた新聞記者もいた[書籍 13]
その指摘を受けた刑事は記者に対し「犯人は土足で上がり込んでいた」というそれまで公表していなかった事実を初めて口にした上で、「その靴の大きさは大人のものだった」としてこれを否定した[書籍 13]
「犯人が土足で被害者宅に侵入した」ということは「怨恨を動機とした犯行ではない」ことを裏付けるものとなったが、記者はいったんは「少年ではない」という答えに納得したものの、後に町田喜美江の取材に対し「10歳代後半ならば足の大きさは成人と変わらない。やはり少年による犯行である可能性は捨てきれない」と証言した[書籍 13]
これを受けて町田は1999年、捜査資料に関して愛知県警に問い合わせたが、県警は「何も話せない。当時のプレスリリースも既に廃棄されているだろう」と回答した[書籍 13]
石井利文の犯人像予想
石井利文・東京医科歯科大学難治疾患研究所員は犯人像を以下のように分析した[書籍 14]
  • 犯人は「自らの手で妊婦の腹部を切開して胎児を取り出したい」「妊婦の体内を見てみたい」という願望を抱いていたのだろう[書籍 14]。そう考えれば腹に入れられていたものは「受話器=胎盤」「電話機のコード=臍帯」「ミッキーマウスのキーホルダー=胎児」、それぞれの代用物に見立てたと解釈できる[書籍 14]
  • 胎児が生存していたのは「犯人は子供には関心がなかったため」と判断できる[書籍 14]
  • 「妊婦の腹部を切開する」実験を行うには対象を殺害した方が容易に実行できるために最初に被害者を絞殺した[書籍 14]。切り口・手際が良いのは「被害者が死亡しているために抵抗を受けない上、最初から腹部を切開することが目的」であるため、躊躇なく丁寧に行おうとした結果だろう[書籍 14]
  • 「実験」が目的であればかりに性的興味があったとしても快感まで達することはないため、連続的に猟奇事件を起こすシリアルキラー快楽殺人者ではなく1回限りで満足する可能性がある[書籍 14]
  • 「ある程度の知識・力があればできる」犯行であるため、犯人の年齢は少なくとも15歳ないし16歳以上だろう[書籍 14]。犯人は「同情・愛情が非常に薄い『情性欠如性の異常性格者』で、『妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す』ことに関しては綿密な計画を立てていた(=秩序型性的殺人)が、『遺体をそのまま放置する』無計画な面も認められる(=無秩序型性的殺人)ため、『混合型性的殺人』の特徴に該当する」[書籍 14]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 中日新聞』1988年3月19日朝刊第一社会面31面「臨月の主婦殺される 腹部を切り裂かれ そばに赤ちゃん放置 名古屋・中川区のマンション」
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m 『中日新聞』1988年3月21日朝刊第一社会面31面「名古屋・中川区の若妻惨殺事件 不審な男浮かぶ 丸顔で30歳ぐらい 道を尋ねる振りし、階下の家へ」
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『中日新聞』1988年3月20日朝刊第一社会面23面「名古屋・中川区の若妻惨殺事件 絞殺後に腹部切る 殺害は午後3時-夕方」
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 『毎日新聞』2003年3月9日中部朝刊第一社会面25面「名古屋の妊婦殺害事件、18日で15年 遺族『時効が憎い』」(記者:岡崎大輔)
  5. ^ a b c d e f 『中日新聞』2003年3月18日朝刊第一社会面35面「中川の妊婦殺し 時効」
  6. ^ a b c d e 読売新聞』1988年3月19日東京朝刊第一社会面27面「臨月の主婦、惨殺される 自宅で手縛られ 赤ちゃんは体外で生存/名古屋」
  7. ^ a b c d e f g h i j k 『中日新聞』2003年2月17日朝刊第一社会面35面「中川の妊婦殺害 時効まで1カ月 手がかりなく絞れぬ犯人像 愛知県警『丸刈り・小太り』の男追う」
  8. ^ a b c 『朝日新聞』1988年3月21日朝刊第一社会面31面「『ヘソの緒』は切られていた 名古屋の妊婦殺人」
  9. ^ a b 『毎日新聞』1988年3月21日東京朝刊第一社会面27面「名古屋で殺された臨月主婦の切り裂かれた腹部に電話器や人形」
  10. ^ a b 『毎日新聞』1988年3月19日東京朝刊第一社会面27面「名古屋で臨月の女性が腹を切りさかれ殺される 新生児は無事」
  11. ^ 『読売新聞』1988年3月19日東京夕刊第一社会面15面「臨月の主婦惨殺 現場近くに不審な車 『悲鳴聞いた』の証言も/名古屋」
  12. ^ a b 『中日新聞』1988年3月19日夕刊第一社会面15面「名古屋・中川区の若妻惨殺 変質者かえん恨の犯行?隣室の空き家に不審な男 襲ったのは白昼か」
  13. ^ a b c d e f 『毎日新聞』1988年4月3日東京朝刊第二社会面26面「妊婦惨殺事件で奇跡的に助かった赤ちゃんが15日ぶりに退院」
  14. ^ 『朝日新聞』1988年3月19日夕刊第一社会面15面「名古屋の若妻殺し、首にもコード」
  15. ^ a b c d e 『朝日新聞』1988年3月20日朝刊第一社会面31面「若妻殺し、幸運重なり赤ちゃんは無事 成長十分、的確な処置」
  16. ^ a b c d 『毎日新聞』1988年3月20日東京朝刊第一社会面27面「臨月の主婦惨殺事件で小学生が『不審な男』を目撃していた」
  17. ^ a b c 『中日新聞』1988年4月2日夕刊第一社会面11面「名古屋・中川区の若妻惨殺 “奇跡の赤ちゃん”退院 父に抱かれスヤスヤ」
  18. ^ a b 『読売新聞』1988年3月20日東京朝刊第一社会面27面「名古屋市の身重主婦惨殺 絞殺の跡に凶行 赤ちゃんは元気を回復」
  19. ^ a b 『朝日新聞』2003年3月2日第二社会面26面「遺族『時効なければ』 絞れぬ犯人像 名古屋の妊婦殺人【名古屋】」
  20. ^ a b c d e f 『読売新聞』2003年2月6日中部朝刊第一社会面31面「名古屋・中川の妊婦殺害、来月18日に時効 県警、『丸顔の男』必死で捜査」
  21. ^ a b 『中日新聞』1989年3月15日夕刊第二社会面8面「糸口つかめず捜査への協力を呼び掛け 妊婦殺し、18日で1年 愛知県警の捜査本部が街頭活動」
  22. ^ a b c d e 『中日新聞』1989年3月17日朝刊第一社会面31面「名古屋・中川区の妊婦惨殺あすで1年 新たな不審男 現場付近で『尾行された』と主婦」
  23. ^ a b c d e f g 『中日新聞』1990年3月19日朝刊愛知県内版13面「犯人像いまだ浮かばず 名古屋の妊婦殺し 苦心の捜査、丸2年」
  24. ^ a b 『読売新聞』2003年3月18日中部朝刊第二社会面36面「名古屋・中川の妊婦殺人事件 時効成立 愛知県警が4万人投入」





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