千葉ロッテマリーンズ 営業・ファンサービス

千葉ロッテマリーンズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 16:14 UTC 版)

営業・ファンサービス

ファンサービスの向上は本拠地を千葉市に移転した翌年の1993年頃から取り組み始めており、外野席のホーム・ビジターの区分けやレプリカのユニフォームを着用しての応援などはプロ野球界ではロッテが一番早く導入した。ロッテの内野応援団員を経て、ロッテマリーンズ球団職員を長年勤めた横山健一によれば、同時期に発足したサッカーJリーグを始め、メジャーリーグアイスホッケーなど、国内外のスポーツ応援を参考に球団と応援団が新しい応援スタイルを確立していった[120]

1996年にはビジター用のレプリカユニフォームがファン達の要望によって作られた。当初は「よその球場で着るユニフォームをなぜ作るんだ」と反対されていたものの、横山の説得もあり実現となった[121]

瀬戸山隆三が球団代表に就任し、ボビー・バレンタインが監督に復帰した2004年以降、千葉マリンスタジアムの「ボールパーク化構想」が方針付けられ、積極的なファンサービスに尽力するようになった。プロ野球再編問題により、ロッテが千葉を去る可能性が取り沙汰されたことをきっかけに地元行政側との協力関係が結ばれるようになると、地域密着型のファンサービスがより積極的に展開された。セ・パ交流戦の際にこれを見た阪神タイガース前オーナーの久万俊二郎は「これこそファンサービス」と感動したという。また、京葉線の最寄り駅の海浜幕張駅発車メロディも2005年3月26日から「We Love Marines」に変更するなど、スタジアム周辺の随所で地域との共存がアピールされ続けている。一連のファンサービス向上には荒木重雄事業本部長(当時)の貢献が大きく、荒木の在任時には「12球団の中でファンサービスが一番良いのはマリーンズ」と評されていた。

ボールパーク化構想

「ボールパーク化構想」の最大の障害となっていたのは、球団側と行政側との溝であった。千葉移転以降のロッテの観客動員数の伸び悩みや市の財政難などにより、千葉市など行政側は施設の改修や増設にあまり積極的ではなく、球団がファンサービスの企画を立案しても行政側が条例を盾に認可を渋るケースが多々あった。また、千葉マリンスタジアムは球場内が千葉市、幕張海浜公園の一部である駐車場などの球場外の敷地が千葉県の管理となっていた。そのため、過去には売店の設置やフェンスの企業広告掲出が一切出来ず、球団に収益が全く入らない状態だった。2004年以降は県と市の協力を得てこれを改善し、スタジアム敷地内に売店や屋台等を設置したり、動物とふれあう場所を作ったり、スタジアム内でもフェンス広告の掲出を開始したり、スタンド内にベビーベッドが設けられるなどの展開があった。

2004年のプロ野球再編問題における10球団構想ではロッテとダイエーを合併して「福岡ロッテホークス」とする案が取り沙汰された。ロッテが千葉を去る可能性から行政側には危機感が生まれ、県と市は条例の改正などで千葉マリンスタジアムの使用規制を大幅に緩和し、さらに2006年度からは指定管理者制度を導入して、球団を千葉マリンスタジアムの指定管理者に指名して運営を委託するなど、現在では球団と行政とが一体となって地域密着策を展開している。

プロ野球球団が本拠球場の指定管理者になるのは、ロッテが初のケースとなった。この他2009年には、広島東洋カープが同年開場した本拠地のMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島の指定管理者となった他、都市公園法に定める「管理許可制度」の適用による運営体制を導入しているケースとしては、オリックス・バファローズが2004年まで本拠地(2005年以後は準本拠地)としていたほっともっとフィールド神戸と、2005年以後の東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地のフルキャスト/クリネックス/楽天koboスタジアム宮城の例がある。また、2016年には管理許可のもとで横浜スタジアムを運営していた第三セクターの株式会社横浜スタジアムを、横浜DeNAベイスターズ友好的TOBにより買収している。

360度全席自由席

ロッテは2005年から「360度全席自由席」と銘打って、本拠地の千葉マリンスタジアムの場内全席を自由席としてチケットを均一料金に割り引くファンサービス企画を、毎年夏の2試合を対象に行っている。

そもそも、この全席自由席企画は2005年6月28日と6月29日に予定していた韓国での公式戦(対福岡ソフトバンクホークス)が中止となったことから(後述)、その代替企画として打ち出されたものである。韓国での開催が中止となった2試合は千葉マリンで代替開催することになったものの、週末に比べて動員力の低い平日のナイトゲームで、更に韓国開催を前提にシーズンシートの契約対象外としていたことから、球団営業部はイベントの実施を決定した。

こうして立案されたのが「来場者に色々な席で、様々な角度からゲームを見てもらえるように」という発想からスタンドを全席自由席とし、入場料も大人1500円、子供500円の均一料金にするという、NPB12球団の一軍公式戦としては初の試みだった。加えて当日の企画案を検討した結果「夏前のフェスティバルのノリで、ビアガーデンのように盛り上がれる企画」という方向性が決まり、ビールを通常の半額(1杯300円、ソフトドリンクも200円に割り引き)で販売するなどのサービス実施を決定、企画タイトルは「360度ビアスタジアム」と銘打たれた。結果、2日間とも通常の平日のナイターを大幅に上回る観客を集め、概ね好評だった。「ビアスタジアム」は翌2006年シーズンも6月27日の対日本ハム戦、8月30日の対ソフトバンク戦の2度実施され(ただしドリンク類はブースのみでの販売とし、売り子の巡回販売は行わず)、6月の試合では観衆の一人単位までの発表を開始してから当時最多の29,152人を記録した。

2007年はイベントのアイディアを一般ファンから募集し、全席自由席企画を「応援スタジアム」と「ビアスタジアム」の2本立てとして実施することとなった。まず「応援スタジアム」は7月3日の対オリックス戦で実施。通常の外野スタンド右翼側だけでなく内野スタンド一塁側も応援席とし、イニング間には応援ボードコンテストなどを実施。また、ゲストとして渡辺真知子を招聘するなど(一部後述)、さまざまな企画が行われた。恒例となった「ビアスタジアム」は7月31日の対楽天戦で行われ、全席自由席企画では最多となる30,016人の観客を集めた。

この全席自由席企画においては、スタンド内を全席自由とすることによって観客の動向が通常時と大きく異なることから、球団営業部では開催当日の場内を細やかにリサーチしている。調査項目は「スタンドのどの席にニーズがあるのか」「どのような観戦スタイルをしているか」など細部にわたっており、調査結果は今後のファンサービスや座席設定など、球団の営業戦略に反映されている。

マリンスタジアム場内に設けられている特別シートは、この企画を実施する際の対応が異なっている。一・三塁側のファウルエリアに設けられた「フィールドウィング・シート」のチケットを希望する場合は、あらかじめ前売入場券を購入した上で抽選に申し込む必要があり、当選者に限り座席指定券が発行される。また内野1階席三塁側の「ピクニックボックス」のチケットを希望する場合も抽選に申し込む必要があり、当選者に限りチケットが販売される(販売価格は通常の15000円が7500円となる。定員5名であるため、1人換算1500円)。この措置は観客の安全性を確保する上で、両座席については規定の定員を遵守しなければならないため「指定席」の扱いとなることによるもので、これら抽選の申込受付はマリーンズオンラインチケットショップで開催日の3週間前に行われる。但し、ネット裏のプレスブースに隣接する「マリーンズ・プレスシート」は座席設定・価格とも対象外で、通常時と同じ設定となっている。

その他の営業・ファンサービス

  • 夏休み期間中(7月下旬 - 8月いっぱい)の千葉マリンでの公式戦は全試合ナイター開催で、5回終了後に花火が打ち上げられる。そのうちの1試合で開催される「京成グループ花火ナイター」は毎年恒例となっている。
    • 2007年度は平日のナイターは18時15分開始、週末は18時からの開始となっていた。2009年度は金曜日以外の平日は18時15分、金曜ナイターのみ週末の初日で多くのファンを確保したいという観点で18時30分の開始[注 36] となった。また、週末開催のナイターは土曜日のみ18時からは変わらないが、日曜日は薄暮デーゲームとして17時から行う[注 37]
    • また、この時期になると冠スポンサーである京成グループ京成電鉄新京成電鉄[注 38]北総鉄道)の車両で「花火ナイター号」が運行される。
  • 始球式は一部の例外(ロッテOBによるものなど)を除いてプレーボール直前ではなく、野手が守備位置に就く前に行われる。
  • チア・パフォーマーチームM☆Splash!!がホームゲームやイベントなどでパフォーマンスを行う。
  • 2005年、ヘボロッテピーナッツが「スタメンに次ぐ控え選手の一人」として、背番号10をファンのための欠番にしたことが話題になったが、それに先駆けてマリーンズでは、ファンを「一軍の25人に次ぐ26番目の選手」として背番号26を欠番とした。元々サッカーでは同様の理由で12番を欠番にしたり、サポーターが「12」という大きな横断幕を作っているが、マリーンズファンもそれに倣ってライトスタンドを覆う「26」をモチーフとしたデザインのビッグフラッグと呼ばれる大横断幕を試合開始前に広げるパフォーマンスを背番号26が欠番になる前から行っている。スタジアム前の6冠記念モニュメントにも2005年当時の監督と選手のサイン付き手形レリーフと共にユニフォームマークの形でプレートが嵌め込まれている。
  • 過去にはホーム戦でのラッキー7の攻撃前に「Take Me Out to the Ball Game」が演奏されていた(現在は「We Love Marines」)。
  • 地元千葉県の地方銀行である千葉興業銀行が、同球団およびファンクラブTEAM26のスポンサーになっている。2004年4月からは毎年、同球団の成績により金利が変動する(通常金利に0.026パーセント加算、リーグ優勝で0.26パーセント加算)「マリーンズ応援団定期預金」を販売している。
  • 2010年、2013年のクライマックスシリーズでは全試合において千葉マリンスタジアムでパブリックビューイングが行われた。入場無料ながら特別ゲストに立川隆史を迎えたほか球団マスコットも総動員されるなど通常の試合以上のような盛り上がりを見せ、千葉市市長の熊谷俊人も応援に駆け付けたほか、日本シリーズ進出が決まった試合では内野1、2階席が解放され約1万3,000人の観客が訪れた。
  • 2013年から交流戦では他球団を挑発するポスターが毎年制作されている[126]。2015年のクライマックスシリーズ時には対戦相手のファイターズとホークスに対する挑発ポスターを制作した。結果はファーストステージでは2勝1敗でファイターズを下したものの、ファイナルステージではホークスに3連敗(アドバンゲージ1勝を除く)し終戦。ポスター内にあった下克上を意味する「二度ある事は三度ある」を達成することはできなかった[127]。2016年のクライマックスシリーズ時にはファイナルステージに進出した際に対戦相手のファイターズ対する挑発ポスターを制作したが、結果はファーストステージで2敗で敗れ、一時はお蔵入りの危機に瀕していたが、「来季は大谷投手に勝る存在感で優勝して欲しいとの思いから、あえて公開しました」という理由で2016年12月5日に公開された。内容は「二刀流対伊東(いっとう)流」である[128]
  • 2016年4月29日に開催された対北海道日本ハムファイターズ戦では、隣接する幕張メッセで同日開催された「ニコニコ超会議2016」とタイアップ、『超野球』と題して当日のニコニコ超会議入場券所持者は特別に用意された「超野球観戦シート」にて入場無料で観戦できるようにした。また当日は、7回裏直前にフィールド内でのジェット風船片づけ作業体験や、球場内で来場者が生放送配信できる「超野球ユーザー生放送」などの企画も合わせて実施された[129]
  • 12球団の中では禁煙に積極的に取り組んでおり、2019年7月26日から本拠地ZOZOマリンスタジアムの喫煙所を加熱式たばこ専用に切り替え、紙巻きたばこの全面禁煙に踏み切った[130]。また、2020年シーズンからは選手・コーチ・球団職員も含めた全スタッフに対し、勤務時間中の禁煙が発表された[131][注 39]

公式ファンクラブ『TEAM26』

球団公式ファンクラブ『TEAM26』があり、プレミアムゴールド・ゴールド・レギュラー・カジュアルレギュラー・ジュニア(いずれも有料)・マリーンズ(無料)の6コースがある。前売りチケットやグッズの購入でMポイントを貯めることが出来る。2010年度(2011年1月31日)までの「TEAM26」会員証は全日本空輸との提携による楽天Edy機能搭載のAMCカード一体型だった[132]


  1. ^ 日付はシーズン途中で就任した場合のみ記載。
  2. ^ 日付はシーズン途中で退任した場合のみ記載(休養は含まない)。その他は原則として年度末退任。
  3. ^ 登録上は総監督。1952年は平和台事件の責任を取り辞任。
  4. ^ 登録上は1950年 - 1952年も監督だが、実際の指揮は総監督の湯浅が執っており、公式記録上も湯浅が監督として扱われている。1952年は平和台事件の責任を取り、湯浅と共に7月27日までで辞任。
  5. ^ 1965年は6月17日から7月1日まで病気休養。その間は濃人渉が代行。
  6. ^ 1967年は6月20日から7月31日まで休養。その間は濃人渉が代行。その後、8月14日に解任。
  7. ^ 1971年は7月13日の放棄試合の責任を問われ、7月23日に二軍監督に降格。
  8. ^ 1975年は4月23日から5月5日まで病気療養。その間高木公男が代行。
  9. ^ 1990年は6月24日から30日間の出場停止処分を受けたため、その間は徳武定之が代行。
  10. ^ 1994年は8月2日から休養、残り試合は中西太が代行。
  11. ^ 1996年は8月23日から25日まで病気療養、その間は江藤省三が代行。
  12. ^ レギュラーシーズン2位からプレーオフを制してパリーグ1位。
  13. ^ 優勝は達成無し、クライマックスシリーズを制して日本一を達成。

注釈

  1. ^ ただし、2010年はクライマックスシリーズを優勝して年間勝率3位から日本一になっており、日本一から最も長く遠ざかっているのは広島東洋カープで、最後の日本一は1984年まで遡る。
  2. ^ 一部の資料[要出典]では「株式会社大映毎日球団」とする記述もある。
  3. ^ 毎日新聞社がオリオンズの経営から手を引いたのち、元毎日新聞社副社長の工藤信一良や元社長の小池唯夫がパ・リーグ会長を務めた時期がある。
  4. ^ 本塁打95本、被本塁打76本。
  5. ^ ただし、プレーオフ勝者をリーグ優勝としていた2005年に優勝はしており、優勝から最も長く遠ざかっているのは横浜DeNAベイスターズで、最後の優勝は横浜ベイスターズ時代の1998年まで遡る。
  6. ^ 球団の経営権利譲渡で、連盟登記の球団名やユニフォームなどを全て従来のままとしたケースはこれが初めてであり、類似のケースとしては2001年の横浜ベイスターズが挙げられる(球団をマルハからTBSホールディングスに譲渡した時、連盟登記の球団名やユニフォームなどは全て従来のままとした)。
  7. ^ 他に有藤通世27本、江藤愼一25本、アルト・ロペス24本、山崎裕之21本。
  8. ^ 野球協約が制定される以前は、阪神電気鉄道東京ジャイアンツの株式、読売新聞社大阪タイガースの株式を、互いに持ち合った事例がある。
  9. ^ ただし、プレーオフ勝者をリーグ優勝としていた2005年に優勝はしており、優勝から最も長く遠ざかっているのは横浜DeNAベイスターズで、最後の優勝は横浜ベイスターズ時代の1998年まで遡る。
  10. ^ 大洋時代の1961年から横浜時代の1997年まで。
  11. ^ その後、1998年に現在の球団寮が竣工した。
  12. ^ その後、ホールは中日ドラゴンズに移籍するも、両膝を故障した影響で途中退団。
  13. ^ イチローオリックス・ブルーウェーブ)、田中幸雄日本ハムファイターズ)と3人並んで80打点のタイ記録。
  14. ^ プレーオフ第2ステージ勝利チームがリーグ優勝チームとされていた。
  15. ^ この年のアジアシリーズも初回大会であり、毎日時代のパ・リーグのリーグ戦、日本シリーズ、ロッテ時代のセ・パ交流戦、アジアシリーズと4つの初代王者の称号を手に入れたことになる。
  16. ^ 同一チームから2ケタ勝利投手が6人出たのは1956年と1963年の南海ホークス以来である。
  17. ^ パ・リーグでは1966年の東映対阪急戦以来41年ぶり2回目の出来事。
  18. ^ 開幕2連戦の引き分けはパ・リーグでは1974年のロッテ対阪急戦以来33年ぶり2回目の出来事となった。
  19. ^ ただし、2010年も引き続き使用されていた応援歌やテーマも2011年以降は長らく採用されず、2016年には復活させる試みもあったものの、外野応援団・MVPのメンバーから抗議を受け、取り止めになっている。
  20. ^ 当時は前後期の首位同士のプレーオフの結果で優勝チームを決定しており、1973年のプレーオフに勝利した南海はシーズン3位扱いではなく、リーグ優勝扱いであった点が異なる。シーズン3位として日本シリーズに進出したのは2010年ロッテが初。
  21. ^ シーズンの通期勝率が2位以下で日本一となった例は1975年の阪急、1982年の西武、2005年のロッテがあるが、各当時のルールでは全てリーグ優勝の扱いとなっていた。
  22. ^ セ・リーグでは2007年の中日が2位から日本一となっている。
  23. ^ 本来は3月25日のKスタ宮城での楽天戦だった。
  24. ^ これまでの記録は1958年の435。
  25. ^ 同年は近鉄が27本、中西太(西鉄)31本、山内和弘(毎日)28本。
  26. ^ 巨人時代の登録名は本名の大村三郎。
  27. ^ ただし、平成17年(2005年)では第2位の状態でプレーオフを制してリーグ優勝し、そのまま日本一となっている。
  28. ^ 後にサッカーJリーグ清水エスパルスの社長職に就くことが発表された[85]
  29. ^ 年間最高勝率はプレーオフを制した2005年を除く4回。
  30. ^ アジアシリーズの振り替え大会。
  31. ^ 2021年は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から延長戦が無かった。延長戦がある年では1978年・1980年・1984年の15分が最多。
  32. ^ 1年を通してレギュラーシーズン1位の状態で日本一。
  33. ^ 2010年のこと。
  34. ^ 2018年と2019年に日本一になったソフトバンクはこの両年はいずれもリーグ2位から日本シリーズに進出し、日本一を達成している。
  35. ^ 因みに、消滅した9球団で全球団に負け越したシーズンの経験がある球団は松竹ロビンス大和軍大阪近鉄バファローズ高橋ユニオンズ大映ユニオンズの5球団である。
  36. ^ 18時半開始はパ・リーグでは過去に西武ライオンズが1985年ごろまで実施。更にオリックスが阪急西宮球場本拠地最終年となった1990年の主催ナイターを18時半に全て開始した事例がある。セ・リーグではヤクルトが1989年まで神宮での試合を大学野球の都合もあり、通年で18時半開始としていた他、横浜ベイスターズも2009年の火曜日の一部の試合でテレビ中継(当時19時55分から21時48分にナイターを放送)の都合上18時半開始とした試合があった。
  37. ^ 平日のナイターで開始を15分ずれこませているのは、当初の18時開始では仕事終了後だと「試合開始に間に合わない」、18時30分開始では「帰宅時間が遅れる」という苦情が出たことや、駅からやや時間がかかるためでもある。
  38. ^ 2013年からはペナントレース期間中に球団のラッピング電車を独自に運行している[122][123][124][125]
  39. ^ 日本のプロ野球チーム関係者に対する禁煙対策は、ロッテ以外では横浜DeNAベイスターズが2012年以降の新人選手に入団から2年間の禁煙を義務づけた例がある。
  40. ^ このときのユニホームデザインは、韓国・ロッテジャイアンツのユニホームにも応用された。
  41. ^ この年はヤクルト、ソフトバンク、西武、広島も交流戦を中心に過去のユニフォームを着用しており、復刻ユニフォームの当たり年である。
  42. ^ また小宮山は、最終的な選考結果は選手にもまったく知らされず、知ったのはお披露目記者発表の時が初めてだったと語っている。
  43. ^ このデザインのホーム用ユニフォームは2021年現在、NPB12球団で最も歴史の長い通常使用のユニフォームとなっており、また2021年で使用27シーズン目となり、1973年から1991年にかけて19シーズン使用されたユニフォームを上回り、球団史上最長使用のユニフォームともなっている(ただし提供メーカー・素材・背番号および胸番号のフォントなどの細かいマイナーチェンジは行われている)。
  44. ^ 両計画とも、本拠地は千葉マリンスタジアムとすることを構想していた。
  45. ^ 2015年1月に千葉ロッテの本拠地と同じ幕張新都心に本社があるイオンの傘下となった。
  46. ^ ロッテはこの他、東京ドームで開催された2010年4月20日の同4回戦でも2-8で敗れている。
  47. ^ なお同様例は巨人と西武(ドームを本拠としているため、天然光だけではボールが見えにくいなどにより開催が困難なため、主管開催の会場変更・開催日程の変更などが生じた)を除く他の在関東球団のホームスタジアムにおける主管試合でも行われた。
  48. ^ 震災前にも、消化試合の日程の関係で、ダブルヘッダーを含めたデーゲームとなった試合が数例ある。
  49. ^ 但し楽天の場合、仙台では春先でも夜間は冷えるため開幕当初の平日ナイターは極力避けたいという事情の方が大きい。なお、2015年はこれとは別に、コボスタ花火大会を行うため1試合だけ16時開始の試合を組んでいたが、試合が長引いたため花火大会は後日延期となった。また2016年度は開幕戦・3月25日のソフトバンク戦を16時、4月1日の西武戦を13時開始に設定した。
  50. ^ 日本ハムは現在は週末・休日は札幌ドームでの開催を優先していることもあり、地方開催のうち道内にある釧路帯広函館での主催試合は球場に照明設備がないこともあり平日デーゲームで開催している。また、西武もファンサービスで4月に平日デーゲームを実施するようになった。
  51. ^ そのため、球団は親会社から毎年「広告宣伝費」名目で赤字を補填してもらっていた。プロ野球球団は社会の公器でもあることから、親会社としては保有する球団が自社の宣伝媒体と認められれば、球団の赤字を補填する金額分は非課税扱いとされるなど税制上の優遇措置が受けられる[160]
  52. ^ a b CBCラジオに加えて、東海ラジオ「東海ラジオ ガッツナイター」も金 - 日曜日に自社乗り込みを行う場合は、土・日曜でも金曜日に合わせてCBCラジオが文化放送への、ニッポン放送が東海ラジオへの技術協力を行うことが多い。
  53. ^ 編成上の都合により録画放送となり、生放送についてはスカチャンで迂回放送することがある。
  54. ^ 1970年から1972年まで日本テレビで解説者を務めた金田正一がロッテの監督に就任した1973年以降は、週末デーゲームを中心に中継を増加させ、時折全国中継も実施したが、千葉移転以後徐々に減少し、2010年代以降はビジター側地元系列局への技術協力による放送のみとなっていた。
  55. ^ 不定期。テレビ神奈川が担当する大洋(DeNA)、ヤクルトの試合放送がない時に行っていたが、巨人主催試合との重複開催である場合、18時台と21時前からは日本テレビとのリレーナイターをしていたため、ネット局があればその時間は裏送りだった。
  56. ^ テレビ埼玉は基本的に西武に絡む試合(西武主管はTBSビジョンとの提携で「TVSライオンズアワー」として放送)、または後楽園・東京ドームで行われた日本ハムの主管試合(東京ケーブルネットワークと提携)をメインとして編成したため、ロッテがビジター扱いとなる西武・日本ハム主催試合の中継で多数登場しているが、西武・日本ハムの試合中継がないか、どちらかがロッテとのビジターゲームとなり、かつテレビ神奈川が大洋・ヤクルトの試合中継と重複して放送に空きがなかった時に、テレビ埼玉が川崎球場や平和台球場などの地方球場に乗り込んで試合を放送した事例が何度かあった。
  57. ^ なお、文化放送ライオンズナイターでの対千葉ロッテマリーンズ戦中継時のベンチサイドリポーターにマリーンズ熱血応援レポーターかわのをとや起用は継続している。

出典

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  5. ^ 井上章一 2001, p. 163および永井良和 & 橋爪紳也 2003, p. 155。
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