信楽院 (滋賀県日野町)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/13 06:55 UTC 版)
文化財
県指定文化財
- 本堂、附文書2冊
- 前述参照。
- 絹本著色仏涅槃図
- 鎌倉時代に活躍した仏画師集団・宅摩派の画師の手による大幅の涅槃図で、裏書に天正2年(1574年)に松木渡しの合戦(長島一向一揆攻めの合戦)で討ち死にした蒲生氏郷の臣下・竹村與吉の供養のために寄進されたものであることが記されており、日野の歴史を伝える貴重な史料とされている[3][22]。1974年(昭和49年)に県の文化財に指定された[22]。
町指定文化財
- 木造阿弥陀如来坐像
- 室町時代に再興した折、本尊として据えた。文化財指定は1976年(昭和51年)。[22]
- 石造孔雀文様宝塔基礎
- 鎌倉時代のもので、1976年(昭和51年)に日野町指定の有形文化財に指定された[22]。
現地情報
- 所在地
- アクセス
外部リンク
- ^ a b c d e f g “信楽院”. 日野観光協会. 2022年2月27日閲覧。
- ^ a b c d e f “信楽院・蒲生氏郷公ゆかりの地”. 日野町. 2022年2月27日閲覧。
- ^ a b 『日野町広報「広報ひの」連載・ふるさとの文化財その②』日野町役場、2001年、74-75頁。
- ^ a b c 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、373頁。
- ^ 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、453頁。
- ^ 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、143頁。
- ^ a b c d e 瀬川欣一『ふるさとの文化財その②』日野町、2001年、122頁。
- ^ a b c d e f g h 滋賀県歴史散歩編集委員会『滋賀県の歴史散歩 下』山川出版社、2008年、68頁。
- ^ a b c 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、456頁。
- ^ 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、532頁。
- ^ a b c d 「信楽院本堂 県文化財 、91年ぶり屋根葺き替え 17年3月末に終了 日野」『毎日新聞』2014年1月8日
- ^ a b c 「信楽院 複雑な屋根裏構造に関心 日野で見学会」『毎日新聞』2014年12月4日
- ^ a b c d 「本堂ふき替え 着々と 1世紀ぶり改修 信楽院で見学会」『読売新聞』2014年12月1日
- ^ a b 「県文化財 往時の姿復活 檜尾神社本殿 甲賀 信楽院本堂 日野」『読売新聞』2017年3月8日
- ^ 「甲賀・檜尾神社本殿と日野・信楽院本堂 建立時の姿、再び 県有形文化財、保存修理が完了」『毎日新聞』2017年3月23日
- ^ a b c d e f g h i 日野町史編さん委員会『近江日野の歴史 第二巻 中世』滋賀県日野町、2009年、374頁。
- ^ a b c 瀬川欣一『ふるさとの文化財その②』日野町、2001年、123頁。
- ^ 「湖国探訪 11 日野 氏郷が生涯愛した故郷」『読売新聞』2003年6月14日
- ^ 「びわ博 こだわり展示の裏話 91 日野・信楽院の雲竜図モデルに」『毎日新聞』2021年9月14日
- ^ 日野観光協会・日野公民館設置の現地看板に拠る。(2022年2月27日確認)
- ^ 『ふるさと日野の歴史』滋賀県日野町、2016年、100頁。
- ^ a b c d “文化財一覧” (PDF). 教育委員会 生涯学習課. 2022年2月28日閲覧。
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