フィニアス・ゲージ 事実の歪曲と症例の誤用

フィニアス・ゲージ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/21 14:35 UTC 版)

事実の歪曲と症例の誤用

The Boston Post、1848年9月21日。ゲージの突き棒の寸法を実際よりも小さく報道し、上顎の損傷を実際よりも大げさに報道している。[脚注 3]

ゲージが事故後に何らかの行動様式の変化を起こしたことは間違いない。しかし、書籍や新聞記事などは、ハーロウやそのほかゲージと関わりのあった人物が話したよりもはるかに大袈裟な言葉で、この変化について述べている。心理学者のマルコム・マクミラン (Malcolm Macmillan)は、著作『奇妙な種類の名声 - フィニアス・ゲージの物語』の中で、この症例の評価の程度を(科学的な面と大衆文化的な面の両方から)調査し、評価がまちまちで一致せず、特に確証には大して基づいておらずときには全く逆の事すら述べていることを見出している。

ゲージが行なったと記述されている行動で、実際の事実の裏付けが無かったり反していたりするものには、酒酔い、妻や子供への虐待(ゲージには妻も子もいなかった)、”先見の明の完全な喪失”、仕事に対する無能さや拒否、自慢癖、”自分の傷痕をやたらと見せびらかしたがる癖”、嘘言、賭け事、口論、威張り散らす癖、窃盗などが挙げられる[24]。ある医学部の教材では[25]、ゲージを「幼い子供たちに性的な悪戯をした件で告発された」と紹介しているものすらある。これらの行動のうちのどれ一つとして、ハーロウも含む実際にゲージと知り合いであった者や家族の者によって報告されたものはない.[脚注 12][脚注 15]

ハーロウ自身は、ゲージの母親と連絡を取り合っていた1868年に、どういうわけかゲージの没年を1861年と間違えているが、いっぽうマクミランはゲージが実際に死んだのは1860年であったと結論を出している[脚注 2]。比較的重要度が薄い事柄ではあるが、この症例についての基本的な事実ですら整理することがいかに難しいかを示している顕著な例である。他の例では、いくつかの情報源[16][26][27] で、ゲージの鉄の棒が彼とともに埋葬されたとしているものがあるが、これについての確証はないとされる[脚注 16]

もっと実質的な点として、マクミランは、ゲージが事故後仕事に就くことができなかったことを言い表していると誤って解釈されがち[26]な文章 - 「『さまざまな職場で働き続けた』、仕事をこなし切れずしばしば転職し、『どの職場で働こうとしても、彼はうまくやっていけそうにない理由を見つけ出してばかりいた』」 - のなかで、ハーロウ[13]はゲージの事故後の生活全体にわたってのことを述べているのではなく、痙攣が始まった死の直前数か月のみについて述べているのだと指摘している[28]

頻繁に引用されている文献上の記録の誤りを訂正するという当然ながら重要なことのほかにも、マクミランは「フィニアスの話は、小さな事実の積み重ねがいかに簡単に、大衆的なまたは科学的なお伽話としてまかり通るようになってしまうかということを具体的に示しているという事からも、覚えておくべき価値がある」、また確証の貧弱であることが「我々の手元にあるわずかな事実に、ほとんどあらゆる理論が当てはめられてしまっている」ことに結びついていると述べている[29]。同様の疑念点が、古く1877年にも述べられている。英国の神経学者デイヴィッド・フェリア (en:David Ferrier)は「この問題をはっきり結論付ける」意図で米国に手紙を書き、「脳の疾患や損傷に関する報告書を研究するうちに、私は、お得意の理論なぞを抱える人々によって押し付けられる不正確さと歪曲に驚きっぱなしになった。事実がとてもひどい扱いを受けている。」[30]と訴えた。

かくして、19世紀に生じた、多様な精神機能は脳の特定の部位に局在しているのかどうかを巡っての議論は、どちらの派も自分たちの理論を支持するためにゲージの症例を引用する方法を見つけた[脚注 17]骨相学者たちもゲージの症例を利用した。彼の精神的変化が「崇拝の器官」ないし隣接する「慈悲の器官」の破損によるものと主張するものである [31]

しばしば言われることだが[32]、ゲージの身に起きた事はのちの精神外科の多様な形式の発達、とりわけロボトミーの発達に一役買っている。ゲージの身に生じるものとたいていの場合決めつけられている不快な変化がなぜ外科手術を以って再現しようという発想につながるのかという疑問点は別としても[脚注 18]、マクミランによれば、注意深い研究からはそんな関係性は出ないことがわかる。

ゲージの症例が精神外科に直接貢献したという確証は存在しない。脳の手術一般に言えるように、彼の症例から分かったことは、彼が事故から生きながらえたという事のみに由来している。必ずしも死に至るような結果を出さず、たいていの脳の手術は可能である。[33]






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