パブロ・ピカソ 晩年

パブロ・ピカソ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/05 04:19 UTC 版)

晩年

ピカソの埋葬されたヴォーヴナルグ城

1950年代、ピカソは過去の巨匠の作品をアレンジして新たな作品を描くという仕事を始めた。有名なのは、ディエゴ・ベラスケスの『ラス・メニーナス』をもとにした連作である。ほかにゴヤプッサンマネクールベドラクロワでも同様の仕事をしている。

1955年にはアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の映画『ミステリアス・ピカソ/天才の秘密』の撮影に協力した。この映画は1956年の第9回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞、1984年にはフランス国宝に指定されている。 1968年、彼は347点におよぶエロティックな銅版画を制作。その中には、『しゃがむ女』や『裸婦たち』などの開脚して女性器を露わにする女性たちを描いたものがある(これは、現代写真家のペッター・ヘグレに影響を与える。)多くの批評家がこれを「不能老人のポルノ幻想」、あるいは「時代遅れの画家のとるにたらぬ絵」とみなした。長い間支持者として知られた批評家のダグラス・クーパーさえ「狂った老人の支離滅裂な落書き」と評した。しかしピカソ本人は「この歳になってやっと子供らしい絵が描けるようになった」と言い、悪評は一切気にしなかった。晩年のピカソの作風は、のちの新表現主義に大きな影響を与えたと考えられている。ピカソは死ぬまで時代を先取りする画家であった。

死後

ピカソ美術館(パリ)

ピカソは非常に多作な作家であり、世界中の多くの美術館がピカソの作品を保有している。ピカソの名を冠する美術館だけでも、まず生まれ育ったスペインではバルセロナに1963年にピカソ美術館 (バルセロナ)が開館し、2003年には遺族がピカソの出身地であるスペインのマラガピカソ美術館 (マラガ)英語版を開館した[21]

ピカソは1973年の死の時点で、多数の作品を手元に残していた。また友人の画家(アンリ・マティスなど)の作品を交換や購入によって相当数持っていた。フランス政府は遺族から相続税としてこれらの作品を徴収し、1985年に国立ピカソ美術館を開館した[22]。一作家の美術館としては世界最大の規模を誇るもので、ピカソの作品だけで油絵251点、彫刻と陶器160点、紙に描かれた作品3,000点を所蔵している。

このほか、アンティーブピカソ美術館 (アンティーブ)カンヌ近郊のヴァロリスピカソ美術館 (ヴァロリス)が存在し、パリと合わせてフランスには合計3つのピカソ美術館が存在する。

1996年、映画『サバイビング・ピカソ』が公開された。フランソワーズ・ジローとピカソの関係を描いたもので、アンソニー・ホプキンスがピカソを演じた。

オークション落札額の推移

2004年、ニューヨークサザビーズ競売で、ピカソの『パイプを持つ少年』(1905年)が1億416万8000ドル(約118億円)で落札され、絵画取り引きの最高額を更新した。2006年5月には、同じくサザビーズの競売で『ドラ・マールの肖像』(1941年)が9521万6000ドル(約108億円)で落札された[23]

2010年5月4日、ピカソの『ヌード、観葉植物と胸像』がニューヨークのクリスティーズで約1億650万ドル(約101億円)で落札され、最高額を更新した。ロサンゼルスの収集家が1950年代に購入した作品で事前予想でも8000万ドル以上と予想されていた。それまで(2010年2月当時)の最高額はアルベルト・ジャコメッティのブロンズ像『歩く男』の約1億430万ドルだった[24]

2006年10月、ラスベガスホテル王で美術品収集家としても知られるスティーブ・ウィンが、1億3900万ドル(約165億円)で別の収集家に売却する予定だったピカソの名画「夢」に誤ってひじを食らわせ、直径約2.6cmの穴を開けてしまった。事件を目撃した友人がインターネットのブログに書き込みをして詳細が発覚した。ウィンは1997年にこの絵を4840万ドル(約58億円)で購入し、長年大切にしてきた。もうすぐお別れとなる絵の前に立ち、友人らに説明していたところ、誤って名画の真ん中に穴を開けてしまった。結局、契約はないことになり、名画は修理され、ウィンの元にとどまることになった。ウィンは穴を開けた瞬間、「何てことをしてしまったのか。でも(破ったのが)私でよかった」と話したという。

2012年7月、オランダクンストハル美術館が所蔵していた「アルルカンの頭部」が、クロード・モネルシアン・フロイドの絵画と共に盗難に遭う。翌年になって犯人は逮捕されたが、絵画は既に焼却されていた[25]

2015年5月11日には、ニューヨークのクリスティーズの競売で、ピカソの「アルジェの女たち バージョン0」が1億7936万5000ドル(約215億円)で落札され、絵画取引の最高額を更新した[23]

2018年5月8日、クリスティーズで『花のバスケットを持つ裸の少女』が1億1500万ドル(約125億円)で落札された[26]

家族

ピカソにはかけがえのないパートナーがいた。それはである。1949年には鳩を描いたリトグラフ』を制作し、世界平和評議会のポスターに使用されるなど、世界で平和の象徴として使用された。ピカソにとって鳩は、重要な政治的シンボルであると同時に、個人的なシンボルでもあった。鳩は、ピカソに画家としての技術を教えた画家である父、ホセ・ルイス・イ・ブラスコのことを思い出させるものだった。父は、1880年代にピカソが幼少期を過ごしたマラガの家で鳩を描いていた。1955年に南フランスのカンヌに移り住んだピカソは、自宅に鳩舎英語版を建てた[27]。1957年、ピカソは鳩に囲まれた開いた窓を描いた『スタジオ(鳩・ベラスケス)』を描いた[28]。幼い頃から鳩が大好きだったピカソにとって、鳩は生涯の友であり、重要なモチーフでもあった。アトリエには妻さえ入れなかったが、鳩は特別に入れていた。『鳩』を描いた1949年にフランソワーズ・ジローとの間に生まれた娘には、スペイン語で鳩を意味する「パロマ」と名付けた。

パロマ・ピカソは著名なジュエリー・デザイナーとなり、1980年からはティファニー社のデザイナーとして活躍している[29]

孫のマリーナにはフロリアン・ピカソ英語版というベトナムから迎えた養子がいる。ピカソの曾孫にあたる。フロリアンは、ミュージシャンとして活動している。


注釈

  1. ^ ピカソのフルネームには、さまざまな聖人や親族が含まれる。1881年10月28日に発行された出生証明書によると、彼はパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・シプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピカソPablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz Picasso)として生まれた[3] 。彼の洗礼の記録によると、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセノ・クリスピン・シプリアーノ(他の資料ではクリスピニアノ)・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・マリア・デ・ロス・レメディオス・アラルコン・イ・エレーラ・ルイス・ピカソPablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno Crispín Cipriano (other sources: Crispiniano) de la Santísima Trinidad María de los Remedios Alarcón y Herrera Ruiz Picasso[3][4] 名付け親が弁護士で、家族の友人であったJuan Nepomuceno Blasco y Barrosoであったことから、Juan Nepomucenoと名付けられた[3]。彼は誕生日に行われる10月25日月曜日のサンクリスピンデーにちなんで、Crispín Ciprianoと名付けられた 。Nepomucenoの妻であり、ピカソの名付け親であるMaría de los Remedios Alarcón y Herreraも、ピカソの洗礼名の中で尊重されている [3]
  2. ^ イギリス: [ˈpæbl pɪˈkæs]アメリカ: [ˈpɑːbl pɪˈkɑːs, -ˈkæs-]スペイン語: [ˈpaβlo piˈkaso]
  3. ^ カサヘマスはピカソらとともにパリに出て、ジュルネーヌという女性に思いを寄せたが失恋した。心配したピカソに連れられて一度スペインに戻るが、その後ひとりでパリに行き、カフェで談笑するジュルネーヌに銃弾を浴びせたのち、自分の右こめかみを撃って自殺した。ジュルネーヌは命を取り留め、長命している。
  4. ^ 内戦時にピカソは50代後半であった。兵卒は30歳前後でも老兵と言われる。彼が従軍を望んだとしても、兵卒としては勿論、たとえ尉官クラスの将校待遇にしてもらえたとしても、そもそも実戦に従軍すること自体が体力的にまず不可能であった点は充分な留意が必要である。

出典

  1. ^ Pierre Daix, Georges Boudaille, Joan Rosselet, Picasso, 1900-1906: catalogue raisonné de l'oeuvre peint, Editions Ides et Calendes, 1988
  2. ^ a b アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p67 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  3. ^ a b c d Cabanne, Pierre (1977) (英語). Pablo Picasso: His Life and Times. Morrow. p. 15. ISBN 978-0-688-03232-6. https://books.google.com/books?id=H-DqAAAAMAAJ 
  4. ^ Lyttle, Richard B. (1989) (英語). Pablo Picasso: The Man and the Image. Atheneum. p. 2. ISBN 978-0-689-31393-6. https://books.google.com/books?id=vbZIAQAAIAAJ 
  5. ^ 【寄稿】ピカソ作「韓国での虐殺」は6・25戦争の虚偽宣伝物だ(朝鮮日報日本語版)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2021年6月6日閲覧。 “ スペインに生まれフランスで活動してきたピカソは、1944年にフランス共産党へ入党し、その翌年のインタビューで「私は共産主義者であって、私の絵は共産主義の絵だ」と表明した。”
  6. ^ Most prolific painter”. ギネスブック. 2023年1月7日閲覧。
  7. ^ ピカソのフルネームとギネスの認定について知りたい。”. 国立国会図書館. 2023年1月7日閲覧。
  8. ^ Kimmelman, Michael (1996年4月28日). “Picasso's Family Album” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/1996/04/28/magazine/picasso-s-family-album.html 2022年12月14日閲覧。 
  9. ^ a b c ピカソ展カタログ編集委員会「PABLO PICASSO EXHIBITION-JAPAN 1964」毎日新聞社 1964年
  10. ^ a b 「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p5 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  11. ^ 日本郵趣教会浜松支部
  12. ^ 布施英利 『パリの美術館で美を学ぶ ルーブルから南仏まで』光文社、2015年、242頁。ISBN 978-4-334-03837-3 
  13. ^ ピカソとバレエ・リュス英語版参照
  14. ^ Voorhies, James. Pablo Picasso (1881–1973), Heilbrunn Timeline of Art History, The Metropolitan Museum of Art, New York, 2000
  15. ^ Wattenmaker, Richard J.; Distel, Anne, et al.,1993, p. 194
  16. ^ Richardson John. A Life Of Picasso. The Prodigy, 1881–1906, Dionysos p. 475. New York: Alfred A. Knopf, 1991. ISBN 978-0-307-26666-8
  17. ^ a b 「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p48 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  18. ^ 回想記『ピカソとの日々』(フランソワーズ・ジロー/カールトン・レイク共著、野中邦子訳、白水社、2019年)がある。
  19. ^ 「ピカソ」p.62。角川文庫
  20. ^ 「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p61 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  21. ^ 「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p66-67 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  22. ^ 「アート・ビギナーズ・コレクション もっと知りたい ピカソ 生涯と作品」松田健児 p66 東京美術 2006年2月1日初版第1刷発行
  23. ^ a b 「美術品オークション、過去の高値上位10作品」.AFPBB 2015年5月12日 2018年9月8日閲覧。
  24. ^ ピカソの絵画が100億円超で落札、美術品の最高記録更新.ロイター 2010年5月5日
  25. ^ 盗難に遭ったピカソらの名作7点、容疑者の母親が「焼却」.AFPBB 2013年7月17日
  26. ^ パブロ・ピカソが描いた絵画 “花かごを持つ少女” が約125億円で落札される”. HYPEBEAST (2018年5月10日). 2019年5月17日閲覧。
  27. ^ Cole, Ina (2010年5月). “Pablo Picasso: The Development of a Peace Symbol”. Art Times. 2020年12月18日閲覧。
  28. ^ Lewis, Richard (2014年3月9日). “The Dove: Picasso and Matisse”. Lewis Art Cafe. 2020年12月18日閲覧。
  29. ^ http://www.afpbb.com/articles/-/3091079 『「ティファニー」パロマによるメンズジュエリー発表』AFPBB 2016年06月20日 2017年7月11日閲覧






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