流浪の民とは? わかりやすく解説

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流浪の民

作者阿部牧郎

収載図書惑いの年
出版社講談社
刊行年月1995.3


流浪の民

作者さないただし

収載図書山峡の里 風聞
出版社鳥影社
刊行年月2000.8


流浪の民

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/06/28 10:37 UTC 版)

流浪の民(るろうのたみ、ドイツ語: Zigeunerleben ツィゴイネルレーベン[1])は、ドイツ浪漫派の作曲家ロベルト・シューマンによって1840年に作曲された重唱曲『3つの詩 作品29』(: 3 Gedichte, op.29) の第3曲。本来はピアノ伴奏の四重唱曲だが、合唱曲として演奏されることも多い。原題は「ロマの生活」もしくは「ロマの人生」の意味。

なお、明治時代日本の広告においては「チゴイネルレーベン」もしくは「チゴイネルヱベン」と表記されていた[2]

概要

詩はエマヌエル・ガイベルドイツ語版英語版によって書かれたもので、ナイル川のほとりからスペインを経てヨーロッパの町々をさすらうロマ(かつてはジプシーと呼ばれることが多かった。ドイツ語ではツィゴイナーとも)の生活を歌ったもので、「ジプシーはもともとはエジプトの民族である」という当時の不正確な俗説に基づいた内容となっている。

ホ短調、四分の四拍子で書かれ、通作歌曲として作曲された。短い前奏に用いられている特徴的なリズムが、歌唱部分にも重要なモチーフとして登場する点が特徴的となっている[3]

日本では学制公布後の1885年(明治18年)に楽譜が音楽取調掛に収蔵されて以降、公の場で何度も演奏され、その回数は他のシューマンの作品と比べて格段に多かったため、当時群を抜いて有名だったとされる。その後は合唱曲として広く親しまれており、1917年(大正6年)に石倉小三郎によって「流浪の民」として訳詞が当てられたものが有名であり、現在でも歌われている。それ以外にも複数の日本人によって詞が当てられた作品の記録が残っており、これまでに鳥居忱による「薩摩潟」と「鴨緑江」、作歌者不明の「旅順閉塞隊」もしくは「閉塞隊」、島崎藤村による「鶴が岡」という曲が確認されており、学校における合唱用の教材の要としても用いられていたとされる[3]

「3つの詩」について

「流浪の民」以外の2曲は以下のとおり。

  • 第1曲:「田舎風の歌 Ländliches Lied」(ソプラノ2、ピアノ)
  • 第2曲:「歌 Lied」(ソプラノ3、ピアノ)…冒頭の歌詞「我が庭で撫子は("In mein Garten die Nelken")」と呼ばれることがある。

歌詞

Im Schatten des Waldes, im Buchengezweig,
da regt's sich und raschelt und flüstert zugleich.
Es flackern die Flammen, es gaukelt der Schein
um bunte Gestalten, um Laub und Gestein.

Da ist der Zigeuner bewegliche Schar,
mit blitzendem Aug' und mit wallendem Haar,
gesäugt an des Niles geheiligter Flut,
gebräunt von Hispaniens südlicher Glut.

Ums lodernde Feuer in schwellendem Grün,
da lagern die Männer verwildert und kühn,
da kauern die Weiber und rüsten das Mahl,
und füllen geschäftig den alten Pokal.

Und Sagen und Lieder ertönen im Rund,
wie Spaniens Gärten so blühend und bunt,
und magische Sprüche für Not und Gefahr
verkündet die Alte der horchenden Schar.

Schwarzäugige Mädchen beginnen den Tanz.
Da sprühen die Fackeln im rötlichen Glanz.
es lockt die Gitarre, die Zimbel klingt.
Wie wild und wilder der Reigen sich schlingt!

Dann ruh'n sie ermüdet vom nächtlichen reih'n.
Es rauschen die Buchen in Schlummer sie ein.
Und die aus der glücklichen Heimat verbannt,
sie schauen im Traume das glückliche Land.

Doch wie nun im Osten der Morgen erwacht,
verlöschen die schönen gebilde der Nacht,
es scharret das Maultier bei Tagesbeginn,
fort zieh'n die Gestalten, wer sagt dir wohin?

「流浪の民」

楽譜は1917年(大正6年)にセノオ楽譜から刊行されたものが最初であるが、東京音楽学校において1909年(明治42年)には既に歌われたという記録が残っている[2]

一音符一音主義で作詞されており、6 - 7音+5音の組み合わせを基本とした四行詩で書かれている。「流浪の民」は基本的に原詩を翻訳したものであるため、他の曲とは異なり独自の歌詞を付け足すことはしておらず、原曲に倣い歌詞を繰り返している。なお、日本語詩はドイツ語詩に比べ使用できる言葉の数が少なく、訳詞もその制限の下で行われているため、省かれている描写が多々ある[3]

歌詞

  1. ぶなの森の 葉隠れに
    寿 ほがひ 賑わしや
    松明 あかく 照らしつつ
    木の葉敷きて うついする

  2. これぞ流浪の 人の群れ
    まなこ光り 髪清ら
    ニイルの水に 浸されて
    きららきらら 輝けり

  3. 燃ゆる火を 囲みつつ
    燃ゆる赤き炎 焚火
    強く猛き おのこやすらふ
    巡り男休らう
    おみな立ちて 忙がしく
    酒を酌みて 差しめぐる

  4. 歌い騒ぐ そが中に
    南の くに ふるあり
    悩み払う 祈言 ねぎごと
    語り告げる おうなあり

  5. めぐし乙女 舞い出でつ
    松明明く 照り渡る
    管絃の響き 賑はしく
    連れ立ちて 舞ひ遊ぶ

  6. 既に歌ひ 疲れてや
    眠りを誘ふ 夜の風
    慣れし 故郷 こきょうを 放たれて
    夢に楽土 求めたり
    慣れし 故郷 こきょうを 放たれて
    夢に楽土 求めたり

  7. ひんがし空の 白みては
    夜の姿 かき失せぬ
    ねぐら離れ 鳥鳴けば
    いづこ行くか 流浪の民
    いづこ行くか 流浪の民
    いづこ行くか 流浪の民
    流浪の民

「薩摩潟」

「薩摩潟」は西郷隆盛と僧侶の月照が薩摩潟に投身自殺を図る様子を描いたものであり、出版年は不明であるが、1892年(明治25年)7月25日に発行された「音樂雑誌」第22号に鳥居が作歌した「薩摩潟」の歌詞が詩のみの形で掲載されていることが確認されている[3]

歌詞

  1. 天晴 あはれ 天晴 あはれ 正義の士
    天晴なりや 世の鑑
    安政 あんせ の 歳とかや
    霜降る月の 十五日

  2. 今や天下の 正義の士
    尊王攘夷を 唱えたり
    幕府威勢 猶強し
    からめ尽す 正義の士

  3. 避けよ避けよ 正義の士
    避けよ避けよ 正義の士
    小舟 よそ 英雄 ますらお
    船出せりな 薩摩潟

  4. 真空 まそらの月 海原に
    通うて澄む とちの夜や
    風は疾し 薩摩潟
    船は軽し 薩摩潟

  5. 声もあやに 詩を吟じて
    心おかず 酒を酌み
    語るまじや 世の事
    ただ今宵 月を見ん

  6. 月は高し 薩摩潟
    浪は白し 薩摩潟
    清ら清ら 月の夜や
    清き心 誰が知る
    空に月は 晴れながら
    胸に曇る 思いかな

  7. あわれ悲し 英雄が
    避くる所 世にもなく
    君の御為 身を捨てて
    沈みけりな 薩摩潟
    天晴天晴 世の鑑
    天晴なりや 正義の士
    世の鑑

「鴨緑江」

「鴨緑江」は1904年(明治37年)に勃発した日露戦争の時期に鳥居が「Zigeunerleben」の旋律に改めて詞を当てたものである[3]田辺尚雄は自身の著書で、先述の「薩摩潟」について説明した後、「しかるに、明治三十七年の日露戰爭のころになると、鳥居教授はその歌詞をあらためて、『鴨綠江』と題し、歌詞の内容を鴨綠江の戰爭にしてしまった。」と述べている[2]ことから、日露戦争における鴨緑江会戦が題材と思われる。

歌詞は確認されていない。

「(旅順)閉塞隊」

「旅順閉塞隊」もしくは「閉塞隊」は日露戦争における旅順港閉塞作戦を題材としたもので、1909年(明治42年)に音樂社より出版された「和洋名曲集」の中に収録されており、作歌者の氏名は公表されていないものの、「音樂社學術部員作歌」という記述がある[3]

歌詞

  1. アハレゝ 剛毅の士、
    壮ん さかんなりや そのかどで。
    世界の歴史に 例しなき、
    忠勇無双の 決死隊。

  2. 涙も凍る 冬の夜に、
    武器も装はぬ 船驅りて。
    水雷超えて 砲丸 たま浴みつ、
    塞ぎに行くか 旅順口。

  3. ※歌詞なし
    ※歌詞なし
    アハレ剛毅の 英雄 ますらおよ、
    恙なくて 歸り來よ。

  4. 満天 みそらの雲 ふきちぎれ、
    東へ行く ゆかしさよ。
    浪は高し 旅順口。
    風は早し 旅順口。

  5. 陛下 きみ 御代 みよを うたひつゝ、
    國の譽 祈りつゝ。
    汽笛の音も ひそめつゝ、
    旅順の港 近づきぬ。

  6. 成功するか 企てに、
    失敗するな 此たくみ。
    ままよゝ わが運命、
    死して國に 報ふのみ。
    往けよゝ 剛毅の士、
    往きて尽せ 陛下のため。

  7. アハレゝ 剛毅の士、
    壮んなりや 決死の業。
    國のみ爲 身をかけて、
    辛くも塞ぎし 旅順口。
    アハレゝ 剛毅の士、
    功績 いさお高し 決死の業。
    壮んなりや。

「鶴が岡」

「鶴が岡」は鎌倉時代の武将である源義経であった静御前に対し、義経の兄である源頼朝鶴岡八幡宮白拍子の舞を舞うように命じると、静御前は「しづやしづ…」と義経を想う歌を歌い出す、といった逸話を題材としており、1922年(大正11年)に共益商社書店が出版した楽譜で、国文学者の藤村が「Zigeunerleben」の旋律に日本語詩を当てたものとなっている[3]

原曲がホ短調であるのに対しニ短調に移調して男声女声に適した声域とし、ピアノ伴奏は重音である箇所を単音への変更や、左手の跳躍を減らして音域を狭めている箇所、音が減らされている箇所があり、弾き易いようにアレンジされている。また、はしがきでは中等教育の場での活用に最適な楽譜であることが述べられている[2]

歌詞

  1. 松の綠 いとど濃き
    鶴が岡の 神の前
    岸の柳 池の蓮
    いまを晴れと はゆる色。

  2. 威儀を正し 並ゐる
    東武者 あづまむしゃの 猛き者
    まなこみはり 息をつめ
    日本一の 舞手待つ。

  3. 鼓の役には 祐經 すけつね立ち
    かね打つ役には 景時立ち
    笛の役には 畠山
    うけて座にぞ 上りける。

  4. 靜やをら 席を立ち
    白き小袖 丈の髪
    扇開き しんむしゃう
    聲も淸く 歌ひ出づ。

  5. 雲に響く ふし あや
    梁の塵も 落ちぬべく
    かりも翼 休むべく
    いや たへ つづく歌。

  6. 山は 默止 もだ し風は落ち
    人は擧げて 聲をのむ
    更にうたふ 『しづやしづ』
    秘めし心 明しつつ
    うらみ知れと 『吉野山』
    調高く 歌ひ舞ふ。

  7. 惱む胸を 抱きつつ
    うなじ垂れて 入りて行く
    面に見ゆる ゑまひこそ
    君に勝ちし 誇なれ。
    あはれ、苦き 誇かな。
    あはれ、苦き 誇かな。
    誇かな。

脚注

  1. 「ドイツ歌曲への誘い」vol.7 ジプシーの歌 ~ ヨハネス・ブラームスを終えて 30.Nov .2016
  2. 1 2 3 4 鈴木絢子「明治時代の日本における シューマンの受容に関する研究」、桐朋学園大学大学院、2022年3月、2026年6月28日閲覧
  3. 1 2 3 4 5 6 7 大石彩加「明治・大正期の作歌における文学と音楽の関係 ―〈海辺にて Am Meer〉と〈流浪の民 Zigeunerleben〉を例に―」、東京音楽大学、2025年3月13日、2026年6月27日閲覧

外部リンク


流浪の民

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/01 06:30 UTC 版)

空からこぼれた物語」の記事における「流浪の民」の解説

描き下ろし。家も家族も失くし流浪する少女は、誰よりも自由に歩き続けていく。

※この「流浪の民」の解説は、「空からこぼれた物語」の解説の一部です。
「流浪の民」を含む「空からこぼれた物語」の記事については、「空からこぼれた物語」の概要を参照ください。

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