ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)の意味・解説 

ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)

(Wartislaw VI, Duke of Pomerania から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/09 03:39 UTC 版)

ヴァルティスラフ6世
Wartislaw VI.
ポメラニア公
ヴァルティスラフ6世(左)と妃アンナ
在位 1365年 - 1394年

出生 1345年ごろ
死去 1394年6月13日
ポメラニア公領、クレンピノ・ビャウォガルツキエ
埋葬 ポメラニア公領、エルデナ修道院
配偶者 アンナ・フォン・メクレンブルク=シュタルガルト
子女 バルニム6世
ヴァルティスラフ8世
ゾフィー
家名 グリフ家
父親 ポメラニア=ヴォルガスト=リューゲン公バルニム4世
母親 ゾフィー・フォン・ヴェルレ
テンプレートを表示

ヴァルティスラフ6世ドイツ語:Wartislaw VI., 1345年ごろ - 1394年6月13日)またはヴァルチスワフ6世ポーランド語:Warcisław VI)は、ポメラニア=ヴォルガスト公(在位:1365年 - 1377年)、ポメラニア=バルト公(在位:1377年 - 1394年)。ポメラニア=ヴォルガスト=リューゲン公バルニム4世の長男。隻眼公(ポーランド語:Jednooki)とよばれた。

生涯

1365年に父バルニム4世が死去すると、ポメラニア=ヴォルガストは1372年まで東のポメラニア=シュトルプ公領(シフィナ川からウェバ川まで)と西のバルト公領およびヴォルガスト公領に分割された。ヴァルティスラフ6世は1377年にバルト公となり、弟のボギスラフ6世の死後はヴォルガスト公も兼ねた。

1365年、ヴァルティスラフ6世は父の遺領の相続権を争う叔父のポメラニア=シュトルプ公ボギスラフ5世と争いを起こした。ヴァルティスラフは1368年にヴォルガストを獲得し、デンマークと同盟を結んでメクレンブルクと戦い、1368年11月6日から11日までダムガルテンの戦いに参加した。1369年7月7日までメクレンブルク公アルブレヒト3世によって投獄され、その後18,000マルクの身代金を払って捕らえられた家臣たちとともに釈放された。ヴァルティスラフは弟ボギスラフ6世と争いを続けたが、その後ポメラニア=ヴォルガスト公領全体を弟に与えた。ヴァルティスラフは最初デンマーク女王マルグレーテ1世の側についたが、1378年にリューゲン島のデンマーク領を奪うためメクレンブルク家の側についた[1][2][3]

子女

メクレンブルク=シュタルガルト公ヨハン1世の娘アンナ・フォン・メクレンブルク=シュタルガルトとの間に以下の子女をもうけた。

脚注

  1. ^ Kaspar Abel: Preußische und Brandenburgische Staats-Historie, Band 2
  2. ^ F. W. Barthold: Geschichte von Rügen Und Pommern, Teil 3, 1842, p. 453
  3. ^ Werner Buchholz: Deutsche Geschichte im Osten Europas – Pommern. Siedler Verlag; Berlin; 1999; pp. 129, 136, 143, 146 ff, 161; ISBN 3-88680-272-8

参考文献

先代
バルニム4世
ポメラニア公
1365年 - 1394年
次代
バルニム6世



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)」の関連用語

ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのヴァルティスラフ6世 (ポメラニア公) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS