ディック・コリンズとは? わかりやすく解説

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ディック・コリンズ

(Dick Collins から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/29 19:29 UTC 版)

ディック・コリンズ
Dick Collins
出生名 Richard Harrison Collins
生誕 (1924-07-19) 1924年7月19日
出身地 アメリカ合衆国 ワシントン州シアトル
死没 (2016-04-19) 2016年4月19日(91歳没)
ジャンル ジャズ
職業 ミュージシャン
担当楽器 トランペット

ディック・コリンズDick Collins1924年7月19日 - 2016年4月19日)は、アメリカジャズ・トランペット奏者[1]

コリンズは、1924年7月19日にシアトルで生まれた。彼の両親と祖父母の何人かはプロのミュージシャンであった。コリンズは1946年から1947年にかけてミルズ大学に通い、ダリウス・ミヨーのもとで正式に音楽を学び、次の学年のためにミヨーとともにパリに移った。ミルズ大学の学生として初めてデイヴ・ブルーベックと出会い、パリ滞在中にユベール・フォルやケニー・クラークと共演した。カリフォルニアに戻ると、ベイエリアを拠点とするブルーベックのオクテットで演奏を始め、サンフランシスコ州立大学で音楽の学士号を取得した。1950年代には、チャーリー・バーネット、チャーリー・マリアーノ、ナット・ピアース、ポール・デスモンド、カル・ジェイダー、ウディ・ハーマンらと共演し、レコーディングを行った。1957年にはレス・ブラウンと共演するようになった。この組み合わせは10年近く続き、世界規模のツアーも行われた。

1965年、コリンズは音楽図書館員の職に就いて1967年まで過ごし、1971年から1986年までは2番目の職に就き、その間はほとんど音楽活動から遠ざかっていた。後年、彼はナット・ピアース、メリー・アン・マッコール、ウディ・ハーマンらと共演するなど、時折ライブやレコーディングで演奏を行った。

2016年4月19日、カリフォルニア州ヘスペリアにて91歳で死去した[2]

ディスコグラフィ

リーダー・アルバム

  • Horn Of Plenty (1955年、RCA) ※Dick Collins And The Runaway Herd名義
  • King Richard The Swing Hearted (1955年、RCA Victor) ※Dick Collins And His Orchestra名義

脚注

  1. ^ Kernfeld, Barry. “Dick Collins”. The New Grove Dictionary of Jazz, 2nd edition 
  2. ^ Richard Collins”. NAMM. 2022年1月10日閲覧。

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