高田観音とは? わかりやすく解説

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天王寺 (福島県会津美里町)

(高田観音 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/15 00:56 UTC 版)

天王寺
所在地 福島県大沼郡会津美里町字高田甲2968
位置 北緯37度27分51.3秒 東経139度50分32.3秒 / 北緯37.464250度 東経139.842306度 / 37.464250; 139.842306座標: 北緯37度27分51.3秒 東経139度50分32.3秒 / 北緯37.464250度 東経139.842306度 / 37.464250; 139.842306
山号 高田山
院号 観音院
宗旨 天台宗
創建年 元慶2年(883年)
開基 観祐
正式名 高田山 観音院 天王寺
別称 高田観音
札所等 会津三十三観音28番
公式サイト 会津天王寺
法人番号 6380005008524
天王寺
天王寺 (福島県)
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天王寺(てんのうじ)は福島県大沼郡会津美里町にある天台宗の寺院[1][2]山号は高田山[3]

歴史

元慶2年(883年)、観祐という僧侶による開創と伝わっている[4][5]。また、観祐が光孝天皇の皇子であったことから天王寺と名付けられたという[4]天正年間(1573年 - 1592年)の頃には現在地より北東にあって七堂伽藍など32棟もの建物がある大寺院であったが、元和年間(1615年 - 1624年)の終わりごろに現在地に移転した[4]

境内にある観音堂はかつては現在地より500メートルほど東にあった[6]。「人肌観音」とも呼ばれる十一面観音が安置され、会津三十三観音の28番札所・高田観音(たかだかんのん)として信仰を集めるが、幾度も火災に見舞われ、現在地に移されたのは1889年(明治22年)になってからという[6]。以前は33年に一度しか開帳されなかったが、近年では毎年8月10日に半開帳が行われる[6]

参考文献

  • 『新編会津風土記』雄山閣、1975年。 
  • 小島一男編 編 『会津三十三観音御詠歌』歴史春秋社、1978年。 
  • 宮崎十三八著 編 『会津の観音巡礼』恒文社、1996年7月30日。ISBN 4-7704-0881-1 
  • 全国霊場大事典 編纂室 編 『全国霊場大事典:全国霊場巡礼・巡拝案内』六月書房、2000年11月1日。 ISBN 4-7952-3343-8 

脚注

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  1. ^ 全国霊場大辞典(2000)、pp.400 - 402
  2. ^ 全国天台宗寺院 データベース”. 天台宗. 2020年3月18日閲覧。
  3. ^ 会津三十三観音霊場”. 天台宗 会津天王寺 (2017年3月24日). 2020年3月18日閲覧。
  4. ^ a b c 会津 天王寺の縁起”. 天台宗 会津天王寺 (2017年3月24日). 2020年3月18日閲覧。
  5. ^ 会津の三十三観音めぐり~巡礼を通して観た往時の会津の文化~”. まいぷれ. 2020年3月18日閲覧。
  6. ^ a b c 第二十八番札所 高田観音”. 日本遺産 会津の三十三観音めぐり. 2020年3月18日閲覧。

外部リンク




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