築山治三郎とは? わかりやすく解説

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築山治三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/29 22:13 UTC 版)

築山 治三郎(つきやま じさぶろう、1905年2月28日[1] - 1989年6月27日)は、日本東洋史学者。

京都府京都市生まれ。京都府立第二中学校(現京都府立鳥羽高等学校)卒、東京高等師範学校地歴科卒、1934年東京文理科大学東洋史学科卒、群馬県立高崎中学校(現群馬県立高崎高等学校)教諭、神戸市立第一中学校(現神戸市立葺合高等学校)教諭、岩手県師範学校教授、北海道第三師範学校教授、青森師範学校教授、弘前大学助教授、1968年「唐代政治制度の研究」で東京教育大学より文学博士の学位を取得。西京大学助教授、1953年京都府立大学教授、1969年定年退官、名誉教授、園田学園女子大学教授、京都産業大学教授。1982年勲三等瑞宝章を受章[1]

著書

  • 『唐代政治制度の研究』創元社 創元学術双書 1967
  • 『教育四十年のあゆみ』同朋舎 1969
  • 『風土と歴史』創元社 1972
  • 三宅米吉その人と学問』日本図書文化協会 1983

共編

脚注

  1. ^ a b 『現代物故者事典 1988~1990』(日外アソシエーツ、1993年)p.413

参考

  • 『唐代政治制度の研究』著者紹介
  • 『人物物故大年表』



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