磯部八五郎
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磯部 八五郎(いそべ はちごろう、1841年(天保12年2月[1]) - 1911年(明治44年)10月25日[1])は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。
経歴
佐渡国雑太郡、のちの新潟県[1]雑太郡国中村[2](佐渡郡国中村などを経て現佐渡市)出身。郷学校を設立し、教導職試補、訓導、雑太郡書記、皆川、国中各村会議員、新潟県会議員、佐渡郡参事会員、同郡徴兵参事員、佐渡養蚕伝習所長となる[1]。
1898年(明治31年)8月の第6回衆議院議員総選挙において新潟9区から憲政本党公認で立候補して当選する[3]。衆議院議員を1期務め、1902年(明治35年)第7回衆議院議員総選挙は不出馬。1911年に死去した。
脚注
参考文献
- 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
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