瑞応寺 (名古屋市)とは? わかりやすく解説

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瑞應寺 (名古屋市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/06/11 02:17 UTC 版)

瑞應寺
本堂
(2022年(令和4年)10月)
所在地 愛知県名古屋市北区如意二丁目73
位置 北緯35度14分6.83秒 東経136度55分7.72秒 / 北緯35.2352306度 東経136.9188111度 / 35.2352306; 136.9188111座標: 北緯35度14分6.83秒 東経136度55分7.72秒 / 北緯35.2352306度 東経136.9188111度 / 35.2352306; 136.9188111
山号 如意山
宗派 臨済宗妙心寺派[1]
開基 夢窓疎石[1]
正式名 如意山瑞應禪寺
法人番号 9180005001521
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瑞應寺(ずいおうじ)は、愛知県名古屋市北区如意二丁目にある臨済宗の寺院。

概要

南朝の雄であり、後に味鋺如意の領主となった石黒重行の墓がある[2][3]

歴史

開基は夢窓疎石と伝わる[1]。『張州府志』によれば、それを応永年間に当地を治めた長谷川朝房が中興したという[1]。ただし、『尾張徇行記』では、朝房ではなくその父である重行が中興したとする[1]。寺伝では1419年(応永26年)に長谷川重行により開基したと伝わる[1]。寺に残る重行寄進とする明版大般若経には「尾張州春日県如意瑞竜寺」とあり、当初は「瑞應寺」の寺号ではなく「瑞竜寺」であったとうかがえる[1]。また、1582年(天正10年)の織田信雄による安堵状が残っているが、これには「瑞応寺」とあるとされる[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 平凡社地方資料センター 1981, p. 115.
  2. ^ 愛知県名古屋市北区の臨済宗寺院”. jiincenter.net. 2021年8月12日閲覧。
  3. ^ 名古屋市:如意山 瑞應寺(ずいおうじ)(北区)”. www.city.nagoya.jp. 2021年8月12日閲覧。

参考文献

  • 平凡社地方資料センター 編「瑞応寺」『日本歴史地名体系23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年11月30日、115頁。ISBN 4-582-49023-9 

文献案内

  • 西春日井郡 編「瑞應寺」『西春日井郡誌』西春日井郡、1923年3月、388-389頁。 
  • 名古屋市楠町誌編纂委員会 編「瑞応寺」『名古屋市楠町誌』名古屋市楠町誌刊行会、名古屋、1957年10月10日、597-603頁。 

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