工藤和樹とは? わかりやすく解説

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工藤和樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/11 00:59 UTC 版)

工藤 和樹(くどう かずき、1980年8月21日 - )は、大阪府出身の元プロ野球審判員。袖番号は48。父親は元プロ野球選手工藤一彦[1]

来歴・人物

関西大学第一高等学校出身で3年生の時に連続で甲子園大会に出場。ポジションはエース久保康友の控え投手だった[1]

その後、関西大学を経て2006年パシフィック・リーグ審判員となる。

2011年の審判員統合により、工藤の袖番号は『10』から『48』に変わり、球審での構えもシザーススタンスに変更された。

2015年シーズン限りで契約更新されず[2]引退。

審判出場記録

  • 初出場:2008年6月28日西武ロッテ10回戦(西武ドーム)、三塁塁審。
  • 出場試合数:248試合(パ・リーグ144、セ・リーグ65、交流戦39)
  • オールスターゲーム出場:なし
  • 日本シリーズ出場:なし

(記録は2015年シーズン終了時)

表彰

  • イースタン・リーグ優秀審判員:1回 (2009年)

(記録は2015年シーズン終了時)

脚注

  1. ^ a b 【虎のソナタ】審判の経費節減余波!?”. サンケイスポーツ. 2011年2月27日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ プロ野球在籍審判員名簿 NPB.jp 日本野球機構オフィシャルサイト 2022年8月25日閲覧

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