就業保証プログラム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/22 23:20 UTC 版)
就業保証プログラム(英: Job Guarantee Program,JGP)は、 政府が最終的な雇用主となり、希望するすべての人に公共部門での最低限の雇用を提供する政策[1]。完全雇用と生活の安定を目的とし、賃金水準は最低賃金や生活賃金に基づく。景気後退期には雇用吸収、好況期には民間移行を促し、自動安定化装置(ビルト・イン・スタビライザー)として機能することを狙う政策である。
支持・推進する学派
(以下、本政策をJGPと呼称する) JGPを支持・推進する経済学者の多くはポスト・ケインズ派経済学に所属し、MMTを支持している者[2]が大半である。また稀にマルクス経済学に所属している経済学者もこの政策を支持しており、総じて左派的主張を行う経済学者である。元来不況時に政府が直接失業者を雇用するという政策はケインズ経済学的政策であり、それに類似した政策であるJGPをケインジアンやマルキストが支持するのは必然的、との意見もある。
具体的な業務内容
JGPの教務内容に関しては、学者や研究者の中でも多様な議論が巻き起こっている。以下、具体的な業務内容の一覧である。
- 介護、医療関連の業務
- ごみ拾いなどの美化/清掃活動
- 大学等のアーカイブ整理
- 森林保全事業
- 地域イベントや観光案内の補助
- 簡易な公共工事[3]
比較的軽微で簡単な業務内容が例に上がりやすい傾向にあり、批判派は報酬と業務内容のミスマッチが起こる可能性があると批判している。(後述)
推進派の主張
JGP推進派の主張には以下のようなものがある。
① 完全雇用の実現
② 自動安定化装置として機能
不況時に雇用を吸収し、好況時には民間に移行することで、景気の調整弁として機能する。[5]
③ 労働者への搾取の防止
生活賃金を保障し、低賃金労働を是正する。[6]
④ 賃金フロアの設定
JGP賃金が実質的に賃金の下限として機能する。
⑤ 社会的価値の創出
環境保全や福祉など市場経済において軽視されがちな分野に人材を投入できる。
⑥ 包摂的な社会の構築
失業による貧困や治安悪化、健康悪化などを防止する。
⑦ 望まない失業の抑止
働きたい人が自由に働ける権利を保障する。[7]
⑧ 政府雇用による安定性
政府が労働者を雇用することで、雇用主による搾取や労働環境の悪化を阻害する。
⑨ 労働者の能力養成
失業者をJGPで雇用することで、失業者に社会訓練を行い、個人の能力を養成・向上できる。
以上がJGP推進派の代表的な意見である。これに対して、JGP批判派から後述のような指摘が行われている。
批判派の意見
先述の推進派の意見に対応する批判派の意見として、以下のようなものがある。
① 生産性の低下
JGPによって実質的な公務員を増やし、雇用を拡大しても、いわゆる隠れ失業が増加するため、生産性は低下する。[8]
② 民間移行への疑問
現実世界において、JGP労働者が民間部門に移行する可能性は低く、雇用の固定化と陳腐化を招く可能性が高い。[9]
③ 企業への莫大な負担
JGP賃金が実質的な最低賃金となれば、中小企業や労働集約産業に莫大な負担がかかり、非自発的失業が増加する恐れがある。[10]
④ 企業の倒産
JGP賃金は最低賃金とほぼ同じ効果をもたらすため、加えてJGPと競合する民間労働が駆逐されるため、多くの企業の倒産を招く可能性が高い。 (地方経済ではそうした傾向が顕著になるとされる)
⑤ 自動安定化の矛盾
社会的に不可欠な仕事をJGPで行うと、それらの仕事には不況時しか労働者を投入できない(≒不況時にのみ労働者が必要である)という矛盾が生じる。
⑥ 負担の転嫁
JGPにより財政負担が急拡大し、増税やインフレ(いわゆるインフレ税)などの別のコストが社会に転嫁される。[11]
⑦ 労働意欲の減退
働く意思が乏しい人まで雇用されることで、モチベーションや労働倫理を損なう恐れがある。
⑧ 政府管理の非現実性
政府がJGPで雇用される莫大な労働者を管理することは不可能に近い。また、裁量行政による腐敗や生産性低下の懸念が生じる。
⑨ 労働内容の完遂への疑問
JGPで雇用される労働者全てに、JGPの業務内容を完遂する能力が備わっているとは考えにくく、能力の雇用のミスマッチが起こる可能性が高い。[12]
以上のような懸念から、主流派経済学者はJGPに対して批判的な論調を取ることが多い。
導入に向かう動き
JGPの完全導入の例は2025年現在無いものの、一部導入やJGPに類似した政策は一部の国で実行・または実行中である。アルゼンチンのPlan Jefes [13]やインドのMGNREGA [14]などがその一例である。 また、アメリカにおいてもJGPに類似した政策の主張が増加している。JGPに類似した左派政策を掲げたバーニー・サンダースが2016年アメリカ大統領選挙の民主党の候補者予備選挙を最後まで争うなど、そうした傾向は散見される。
賛成派・反対派の経済学者
以下にJGPへの賛否・またはJGPに類似した政策への賛否を表明している経済学者を書き記す。 JGP賛成派の経済学者には以下の人物が挙げられる。[15]
多くのJGP推進派の経済学派はポストケインジアンであり、MMTを実現可能性の根拠としながら、雇用の社会的権利を強調する経済学者が多数を占める。
対する反対派の経済学者には以下の人物が挙げられる。
JGP反対派の多くはニュー・ケインジアンや新古典派経済学の経済学者(いわゆる主流派経済学者)である。
脚注
- ^ (PDF) [https://www.levyinstitute.org/pubs/wp_902.pdf?utm The Job Guarantee: Design, Jobs, and Implementation]. Levy Economics Institute of Bard College. (April 2018)
- ^ {{https://tools.bard.edu/wwwmedia/resources/files/985/WP%2002%20Tcherneva%20The%20Job%20Guarantee-%20MMT%27s%20Proposal%20for%20Full%20Employment%20and%20Price%20Stability.pdf?utm}}
- ^ Daniel Haim (2021年1月). “What Jobs Should a Public Job Guarantee Provide? Lessons from Hyman P. Minsky”. Levy Economics Institute of Bard College. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Pavlina R. Tcherneva (2020年7月7日). “The Case for a Job Guarantee”. Levy Economics Institute of Bard College. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Pavlina R. Tcherneva (2020年7月7日). “The Case for a Job Guarantee”. Levy Economics Institute of Bard College. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Don Arthur (2018年4月30日). “Radical ideas—the jobs guarantee”. Parliament of Australia. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Pavlina R. Tcherneva (2018年4月). “The Job Guarantee: Design, Jobs, and Implementation”. Levy Economics Institute of Bard College. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Giuseppe Bertola and Andrea Ichino (2023年6月). “Were jobs saved at the cost of productivity in the COVID-19 crisis?”. Journal of Macroeconomics (Elsevier) 79: 103537. doi:10.1016/j.jmacro.2023.103537.
- ^ William Mitchell (2020年12月). “Critical reflections on the job guarantee proposal”. Canadian Public Policy (Taylor & Francis) 46 (4): 391–400. doi:10.1080/07078552.2020.1848497.
- ^ Cullen Roche (2012年1月20日). “Constructive Criticisms of a Job Guarantee Program”. Pragmatic Capitalism. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Ed Dolan (2018年5月21日). “Three More Reasons to be Cautious About a National Job Guarantee”. Niskanen Center. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Jörg Flecker and Hannah Quinz (2025年7月31日). “One size fits all? Implementation and effects of a job guarantee for long-term-unemployed persons”. Journal of Social Policy (Cambridge University Press) 54 (3): 1–17. doi:10.1017/S0047279425000760.
- ^ Julio César Neffa (2009年). “El Plan Jefes y Jefas de Hogar Desocupados (PJyJHD): análisis de sus características y objetivos. Fortalezas y debilidades”. CLACSO. 2025年9月21日閲覧。
- ^ “Mahatma Gandhi National Rural Employment Guarantee Act (MGNREGA)”. Ministry of Rural Development, Government of India. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Pavlina R. Tcherneva (2021年). “The Job Guarantee: MMT's Proposal for Full Employment and Price Stability”. Bard College and Economic Democracy Initiative. 2025年9月21日閲覧。
- ^ Bill Mitchell (2019年12月31日). “A response to Greg Mankiw – Part 3”. Bill Mitchell – Modern Monetary Theory. 2025年9月21日閲覧。
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