吉田二郎 (鉄道経営者)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 吉田二郎 (鉄道経営者)の意味・解説 

吉田二郎 (鉄道経営者)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/07 02:54 UTC 版)

本来の表記は「田二郎」です。この記事に付けられたページ名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。

吉田 二郎(よしだ じろう、1934年4月20日[1] - )は、南海電気鉄道(南海電鉄)社長、会長、日本民営鉄道協会会長、東京地下鉄第2代会長などを務めた日本の鉄道事業経営者。

生い立ち

大阪府立三国丘高等学校を経て、大阪大学経済学部卒業[2]

経歴

1957年大阪大学経済学部を卒業して南海電鉄に入社[3]

南海電鉄では、鉄道、バス、人事・労務を経験した[3]。人事部長[4]、取締役[5]、常務[6]、鉄道事業本部長[7]、和歌山支社長[8]、専務[9]、副社長[10]、を経て、1999年に社長に就任した[3]

2001年には、社長の座を山中諄に譲り、自らは代表権を持つ会長となって、もっぱらグループ企業の経営を担当するようになった[11]

その後は、日本民営鉄道協会会長を務めたり、帝都高速度交通営団の民営化による東京地下鉄の設立委員会委員長となり、同社の設立後には第2代会長となった[2]

2013年春の叙勲で、旭日大綬章を受章した[2]

脚注

  1. ^ 『産経人物年鑑 第25版下』(サンケイ新聞データシステム、1994年)や行200頁
  2. ^ a b c 高5回・吉田二郎氏に旭日大綬章”. 三丘同窓会. 2018年1月16日閲覧。 アーカイブ 2015年9月19日 - ウェイバックマシン
  3. ^ a b c (義) (1999年8月6日). “南海電気鉄道社長吉田二郎氏――大阪・難波再開発で手腕問われる(けいざいじん)”. 日経産業新聞: p. 11  - 日経テレコン21にて閲覧
  4. ^ 古矢雅一 (1983年10月21日). “新人を海外研修に、南海電鉄の試み――関西新空港に備える(とらふいっくスペシャル)”. 日経産業新聞: p. 12  - 日経テレコン21にて閲覧
  5. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日本経済新聞: p. 10. (1985年5月25日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  6. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日経産業新聞: p. 25. (1987年6月29日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  7. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日本経済新聞: p. 11. (1987年7月1日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  8. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日本経済新聞: p. 7. (1989年7月2日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  9. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日本経済新聞: p. 17. (1993年6月30日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  10. ^ “南海電気鉄道(会社人事)”. 日本経済新聞: p. 19. (1996年6月28日)  - 日経テレコン21にて閲覧
  11. ^ “南海電鉄、社長に山中諄常務。”. 日経産業新聞: p. 31. (2001年5月29日)  - 日経テレコン21にて閲覧
先代
川勝泰司
南海電気鉄道社長
1999年-2001年
次代
山中諄
先代
清水仁
日本民営鉄道協会会長
2003年-2005年
次代
小谷昌
先代
濱中昭一郎
東京地下鉄会長
第2代:2007年-2011年
次代
安富正文



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

吉田二郎 (鉄道経営者)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



吉田二郎 (鉄道経営者)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの吉田二郎 (鉄道経営者) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS