吉木陽
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吉木 陽(よしき きよし、1881年〈明治14年〉3月3日[1] - 1944年〈昭和19年〉10月4日[2])は、日本の政治家。衆議院議員(3期)。
経歴
山口県[2]熊毛郡、のちの大野村(現平生町)出身[3]。1905年、京都帝国大学電気科卒。栃木県立宇都宮中学校(現・栃木県立宇都宮高等学校)教諭、宇都宮電燈、奥羽電燈各(株)技師長、シーメンス・シュケルト(株)電気技師、周防電燈、中外電気各(株)専務取締役、全州電気、周東自動車、旭金属工業、満州工機各(株)社長、中島電気、全北電気各(株)取締役、周東中学校(現・柳井学園高等学校)主、東京工材、旭電気各(株)会長となる[2]。
1920年(大正9年)第14回衆議院議員総選挙において山口9区から立憲政友会公認で立候補して初当選[4]。1924年の第15回衆議院議員総選挙で再選[5]。1928年(昭和3年)第16回衆議院議員総選挙では山口2区から立候補して三選[6]。衆議院議員を3期務めた。1930年(昭和5年)第17回衆議院議員総選挙には次点で落選した[7]。1944年死去。
脚注
参考文献
- 『大日本人物史 : 銀婚記念 1925年』大日本人物史編纂社、1925年。
- 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
- 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
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