北条兼時 (伊具流)とは? わかりやすく解説

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北条兼時 (伊具流)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/09 01:12 UTC 版)

 
北条兼時
時代 鎌倉時代中期
生誕 不詳[1]
死没 弘長3年6月13日[1]1263年7月19日
別名 駿河四郎[1]
幕府 鎌倉幕府
主君 宗尊親王
氏族 伊具流北条氏
父母 父:北条有時、母:不詳
兄弟 時基、兼時、有泰、時景、通時、有義、有秀、時秀、兼義、国時、時盛、政有宗兼、頼任、女子(江間越後四郎室)、田中殿、阿野殿、福頼、面乙御前、戸守、女子(北条高時室)、女子(堀口家貞室)、女子(北条時幸室)
時澄、宗兼
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北条 兼時(ほうじょう かねとき)は、鎌倉時代中期の北条氏の一門。

生涯

父は鎌倉幕府第2代執権北条義時の子で第3代執権・北条泰時の弟にあたる北条有時[1]

建長4年(1252年)4月14日、将軍・宗尊親王の鶴岳参詣の随兵を務めて以来、親王に仕えて同様の所役を果たした[1]。弘長3年(1263年)6月13日に死去[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f 安田元久 編 『鎌倉・室町人名事典』(コンパクト)新人物往来社、1990年、536頁。 



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