劉子真とは? わかりやすく解説

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劉子真

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/12 03:08 UTC 版)

劉 子真(りゅう ししん、大明元年(457年) - 泰始2年10月1日[1](466年10月25日))は、南朝宋皇族。始安王。孝武帝劉駿の十一男。は孝貞。

経歴

劉駿と謝昭容のあいだの子として生まれた。大明5年(461年)8月、始安王に封じられた。輔国将軍・呉興郡太守に任じられた。大明7年(463年)5月、使持節・監広交二州始興始安臨賀三郡諸軍事・平越中郎将・広州刺史に転じたが、赴任しなかった。征虜将軍・南彭城郡太守となり、領石頭戍事をつとめた。景和元年(465年)、丹陽尹に任じられた。9月、南兗州刺史に転じた。

泰始2年(466年)、左将軍・丹陽尹に任じられた。10月乙卯、明帝により死を賜った。

脚注

  1. ^ 『宋書』巻8, 明帝紀 泰始二年十月乙卯条による。

伝記資料

  • 宋書』巻80 列伝第40
  • 南史』巻14 列伝第4



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