佐分利輝彦とは? わかりやすく解説

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佐分利輝彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/28 03:51 UTC 版)

佐分利 輝彦(さぶり てるひこ、1923年11月7日 - 1998年12月9日[1])は、厚生労働官僚。厚生省(現厚生労働省)公衆衛生局長、医務局長などを務めた。

経歴

山口県山口市出身[1]。1941年(昭和16年)旧制修道中学校(現:修道中学校・高等学校)を卒業[2]。1946年(昭和21年)東京大学医学部を卒業し、同大学第三内科に入局。1949年(昭和24年)厚生省入省。その後、人事院職員局厚生課長、厚生省公衆衛生局精神衛生課長、北海道衛生部長、厚生省医務局老人課長、厚生省統計情報部長を歴任。1974年(昭和49年)厚生省公衆衛生局長に、1975年(昭和50年)厚生省医務局長に就任し医療行政の中心を担う。その後厚生省を退官し、病院管理研修所長、財団法人長寿科学振興財団理事長、鈴鹿医療科学技術大学学長(1992年-1995年)を務めた[3]

1994年、勲二等瑞宝章を受章[1]

著書

  • 「明日の医療(全10冊)」(共編、中央法規出版)
  • 「保険医療用語事典」(監修、社会保険研究所、1982年)

脚注

  1. ^ a b c 『現代物故者事典 1997~1999』(日外アソシエーツ、2000年)p.278
  2. ^ 修道学園史(昭和53年)203頁
  3. ^ 第六回大分県地域医療研究会誌77頁

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