会議録としての騰録
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/13 09:10 UTC 版)
会議の記録である、『備辺司謄録』は、朝鮮王朝中期から後期にかけて、その膨大な情報は「承政院日記」とともに、『朝鮮王朝実録』の編纂に際して、基本資料として活用され、1617年(光海君9年)から1892年(高宗29年)までの、273冊が残存している。(1865年以降は、『議政府謄録』という)
※この「会議録としての騰録」の解説は、「備辺司」の解説の一部です。
「会議録としての騰録」を含む「備辺司」の記事については、「備辺司」の概要を参照ください。
- 会議録としての騰録のページへのリンク