仁部富之助とは? わかりやすく解説

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仁部富之助

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/10/01 14:38 UTC 版)

仁部 富之助(にべ とみのすけ、1882年明治15年)12月15日 - 1947年昭和22年)1月11日[1])は、日本の鳥類研究家、農業改良家。「鳥のファーブル」と称された。

経歴

秋田県岩城町(現在の由利本荘市の一部)出身[1][2]。1901年に秋田県農学校を卒業し、大曲農商務省農事試験場陸羽支場に農業技師として勤めた[1][2]。ここで、寺尾博とともに新品種のイネ「陸羽132号」を生み出した[1][2]

イネの新品種の開発の傍ら鳥類の観察を始め[1][2]、1915年に「敦公の蕃殖に関する研究」を発表した[2]。1923年の行政整理に際し依願退官し[2]、1925年には農商務省により委嘱を受け、野鳥の生態研究に専念した[1][2]。1936年に著書「野の鳥の生態」を発表した[1][2]

脚注

注釈

出典

  1. ^ a b c d e f g 仁部富之助. コトバンクより2024年9月29日閲覧
  2. ^ a b c d e f g h アキハクコレクション 仁部 富之助 にべ とみのすけ”. 秋田県立博物館. 2024年9月29日閲覧。



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