上越青少年文化センター
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施設情報 | |
前身 | 新潟県上越青少年文化センター |
専門分野 | 科学館 |
事業主体 | 上越市 |
延床面積 | 2,296.852m2 |
開館 | 1971年11月3日 |
閉館 | 2013年3月31日 |
所在地 | 〒942-0082 新潟県上越市国府1丁目12番27号 |
位置 | 北緯37度09分44.1秒 東経138度13分25.0秒 / 北緯37.162250度 東経138.223611度座標: 北緯37度09分44.1秒 東経138度13分25.0秒 / 北緯37.162250度 東経138.223611度 |
プロジェクト:GLAM |
上越青少年文化センター(じょうえつせいしょうねんぶんかセンター)は、かつて上越市国府1丁目にあった教育文化施設である。五智公園、交通公園に隣接していた。平成25年3月31日閉館[1]。
概要
1968年(昭和43年)、松下電器は交通事故から子どもたちを守ることを願い、創業50周年を記念して15年間にわたって総額50億円を、全国の都道府県および6政令指定都市に寄贈した。 この資金によって各地に交通公園等の施設ができ、新潟県では鳥屋野交通公園、長岡青少年文化センターと付属プール、燕市交通公園、そして上越青少年文化センターおよび交通公園が1970年(昭和45年)前後に相次いで出来た[2]。当館は1971年(昭和46年)11月3日の開館である。
屋上には15cm屈折望遠鏡を備えた、天体観測ドームがあった。また、直径8mのプラネタリウムがあった。座席は同心円配列80席、投影機は株式会社五藤光学研究所製GS-AT型であった。これら天文施設は当時上越地域唯一のものであったが、1993年(平成5年)に上越清里星のふるさと館が開館すると、主要な役割はそちらに移行した。
体育館のほか、科学展示室、工作室、理科室、談話室、美術室、VTR室(パソコン室)、音楽室等、当時の水準では非常に充実した施設であり、初等中等教育の場として90年代まで積極的に市内の学校教育で利用された。
00年代になると施設の老朽化が顕著となり、耐震性の問題もあったため教育の場としてはあまり使われなくなった。また駐車スペースが狭い点も問題であった。このため、市は2013年(平成25年)3月31日に閉館とした。跡地は駐車場となっている。なお、同時期に出来た交通公園は2025年現在でも運営中である。
出典
- ^ 上越青少年文化センター廃止条例(平成24年12月19日告示、平成25年4月1日施行)
- ^ “1960年代の代表的な活動 - 企業市民活動のあゆみ - 企業市民活動 - サステナビリティ - パナソニック ホールディングス”. 2025年4月27日閲覧。
外部リンク
- 上越青少年文化センターのページへのリンク