ムルデカ広場_(ジャカルタ)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ムルデカ広場_(ジャカルタ)の意味・解説 

ムルデカ広場 (ジャカルタ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/30 23:53 UTC 版)

ムルデカ広場
独立記念塔 (モナス)
分類 広場
所在地
座標 南緯6度10分31秒 東経106度49分31秒 / 南緯6.17528度 東経106.82528度 / -6.17528; 106.82528座標: 南緯6度10分31秒 東経106度49分31秒 / 南緯6.17528度 東経106.82528度 / -6.17528; 106.82528
面積 75 ha
開園 1976年
備考 [1]
テンプレートを表示

ムルデカ広場(ムルデカひろば、インドネシア語 Medan Merdeka)は、インドネシアの首都ジャカルタにある広場。

歴史

元はバタヴィア(現:ジャカルタ)郊外の水牛の放牧地だった。18世紀末、オランダ領東インド政府はここに練兵場を造成した。パリシャン・ド・マルス公園をモデルにしたという。その後、練兵場の北側にオランダ領東インド総督官邸が旧市街から移転し、周辺はバタヴィアの「新市街」に発展した。植民地政府は競技場や体育館、テニスコートなどを建設し、地元民にも開放した。

1942年から1945年までの日本占領時期には、「イカダ広場」と呼ばれていた。インドネシア独立後、初代大統領スカルノは広場の名称を独立(ムルデカ)広場に改称した。スカルノは独立記念碑の建設を思い立ち、運動施設をすべて撤去した。現在のような広場になったのは、1976年である。

施設

地図

広場の中央には、高さ132メートルの独立記念塔(モナス)が建っている。外周は緑地となっており、市民の憩いの場となっている。ディポヌゴロカルティニの銅像、噴水などがある[2]

広場の北側にはムルデカ宮殿最高裁判所国立モスク、東側にはガンビル駅プルタミナ本社、南側にはインドネシア銀行本店、西側には憲法裁判所などがある。

脚注

  1. ^ placeandsee”. 2022年12月8日閲覧。
  2. ^ merdeka square in jajarta”. 7 Dec 2022閲覧。

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  ムルデカ広場_(ジャカルタ)のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ムルデカ広場_(ジャカルタ)」の関連用語

ムルデカ広場_(ジャカルタ)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ムルデカ広場_(ジャカルタ)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのムルデカ広場 (ジャカルタ) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS