マウロ・セットとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > マウロ・セットの意味・解説 

マウロ・セット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 07:14 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
マウロ・セット
名前
本名 マウロ・ダリオ・ヘスス・セット
Mauro Darío Jesús Cetto
ラテン文字 Mauro CETTO
基本情報
国籍 アルゼンチン
イタリア
生年月日 (1982-04-14) 1982年4月14日(39歳)
出身地 ロサリオ
身長 182cm
体重 78kg
選手情報
ポジション DF (CB, RSB)
利き足 右足
ユース
0000-1999 ロサリオ・セントラル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2002 ロサリオ・セントラル 15 (0)
2002-2008 ナント 110 (3)
2007-2008 トゥールーズ (loan) 24 (0)
2008-2011 トゥールーズ 75 (7)
2011-2013 パレルモ 10 (0)
2012 リール (loan) 7 (0)
2013-2015 サン・ロレンソ 43 (5)
2016-2017 ロサリオ・セントラル 4 (1)
2000-2017 通算 288 (16)
代表歴
2000-2002 アルゼンチン U-20 21 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年10月14日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

マウロ・ダリオ・ヘスス・セットMauro Darío Jesús Cetto1982年4月14日 - )は、アルゼンチンサンタフェ州ロサリオ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはDF(センターバック、右サイドバック)。

経歴

地元の名門CAロサリオ・セントラルでプロデビュー。2001年のワールドユース優勝メンバーの一人。2002年にフランスの古豪・FCナントに移籍するが、チームは弱体化が進み2007年にはリーグ・ドゥ(2部)に降格した。それに伴い7月27日にトゥールーズFC期限付き移籍し、2008年夏に完全移籍した。ナントに続きトゥールーズでもキャプテンを任された。

2011年6月14日、トゥールーズとの契約満了に伴いイタリアUSチッタ・ディ・パレルモに移籍した。しかし怪我などで出場機会に恵まれず2012年1月26日にリールへ期限付き移籍し半年でフランスに復帰した[1]。 2013年から母国のCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロへ移籍。

2016-17シーズンにロサリオ・セントラルへ復帰してプレーした後現役を引退。翌シーズンより同クラブのスポーティングディレクターに就任することが発表された[2]

タイトル

サン・ロレンソ

脚注

  1. ^ Mauro Cetto prêté au LOSCSite officiel de l’équipe de football du LOSC (Lille) 2012年1月26日
  2. ^ Mauro Cetto prend sa retraite et devient directeur sportif de Rosario Central”. L'Équipe (2017年6月8日). 2017年10月14日閲覧。

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「マウロ・セット」の関連用語

マウロ・セットのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



マウロ・セットのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマウロ・セット (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS