ドレスデン通貨条約とは? わかりやすく解説

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ドレスデン通貨条約

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/18 17:28 UTC 版)

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ドレスデン通貨条約
ドイツ関税同盟の加盟国
署名 1838年7月30日
署名場所 ドレスデン
効力発生 1839年1月7日
主な内容 ドイツ関税同盟で使われている通貨を統一
関連条約 ミュンヘン通貨条約
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ドレスデン通貨条約(ドレスデンつうかじょうやく、ドイツ語: Dresdner Münzvertrag)は、1838年に締結された多国間条約

ドイツ関税同盟で使われている通貨をある程度統一しようとした条約だった。

締結

条約は、ドレスデンで行われたドイツ関税同盟の総合造幣会議で合意され、1837年に南ドイツ諸国が貨幣を統一したミュンヘン通貨条約の影響を受けている。

ドレスデン通貨条約は1838年7月30日に締結され、1839年1月7日の会議で関税同盟の加盟国により批准された。

条約の締結国はプロイセン・ターラー英語版グルデンを採用することに同意、為替レートを1ターラー=1.75グルデンに固定した。

条約の締結国

条約の締結国はドイツ関税同盟の加盟国であるバーデン大公国バイエルン王国自由都市フランクフルト英語版ヘッセン大公国ヘッセン=ホンブルク侯国英語版ヘッセン選帝侯領ナッサウ公国プロイセン王国ロイス=ゲーラ侯国ロイス=グライツ侯国ザクセン=アルテンブルク公国ザクセン=コーブルク=ゴータ公国ザクセン=マイニンゲン公国ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公国ザクセン王国シュヴァルツブルク=ゾンダースハウゼン侯国シュヴァルツブルク=ルードルシュタット侯国ヴュルテンベルク王国だった。

1857年までにブラウンシュヴァイク公国ハノーファー王国オルデンブルク大公国がドレスデン通貨条約に加入した。ルクセンブルクは1842年にドイツ関税同盟に加入したが、ドレスデン通貨条約には加入しなかった。

1857年、ドイツ関税同盟加盟国とオーストリア帝国がウィーン通貨条約に同意したことで、ドイツにおける貨幣の統一がさらに進められることとなった。

参考文献

  • Forrest Capie, "Monetary Unions in Historical Perspective: What Future for the Euro in the International Monetary System", Open Economies Review 9:447-466 (1998).
  • William Arthur Shaw, A History of Currency, 1252 to 1896 (New York : Augustus M. Kelley, 1967)



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