ティモ・ラウティアイネン
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ティモ・ラウティアイネン | |
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2004年
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基本情報 | |
国籍 | ![]() |
生年月日 | 1964年11月13日(58歳) |
WRCでの経歴 | |
活動時期 | |
所属チーム | |
出走回数 | 145 |
チャンピオン回数 | 2 (2000年, 2002年) |
優勝回数 | 30 |
表彰台回数 | 61 |
ステージ勝利数 | 540 |
通算獲得ポイント | 615 |
初戦 | 1990 1000湖ラリー |
初勝利 | 2000 スウェディッシュラリー |
最終勝利 | 2007 ラリー・ニュージーランド |
最終戦 | 2019 ラリー・スウェーデン |
ティモ・ラウティアイネン[1](Timo Rautiainen[1]、1964年11月13日[1] - )は、フィンランド・エスポー出身の元コ・ドライバーである。世界ラリー選手権 (WRC) チャンピオンマーカス・グロンホルムのコ・ドライバーとして知られる。
概要
友人に誘われてコ・ドライバーとして1988年のフィンランド・ジュニア選手権に参加したのがキャリア始まり[1]。同年にはキャリアを共にすることになるグロンホルムと出会う[1]。
ラウティアイネンはコンピュータ関連企業でエンジニアとして働いており、コ・ドライバーを始めた後も、1998年にプジョーとの契約が決まるまで勤めていた[1]。
2007年にグロンホルムと共に引退。2009年のポルトガル、2010年、2019年のスウェーデンにグロンホルムがスポット参戦した際にコ・ドライバーを務めている[2][3][4]。2020年、2021年にはアークティックラリーに参戦したバルテリ・ボッタスのコ・ドライバーも務めていた。
脚注
- ^ a b c d e f g ラリーX「サイドシート、彼らは何を思う。」『Rally-Xpress』、山海堂、2007年8月、 55頁。
- ^ Miiro Koivoula「マーカス・グロンホルム インタビュー&密着レポート」『WRC Plus』、三栄書房、2009年6月、 53-57頁。
- ^ “マーカス・グロンホルム(また)WRC復帰!” 2021年8月4日閲覧。
- ^ “グロンホルム、50歳記念にヤリスWRCでスウェーデン参戦” 2021年8月4日閲覧。
- ^ “More on Timo Rautiainen: A long-standing friendship with Marcus Grönholm”. infoRally. 2009年8月21日閲覧。
ティモ・ラウティアイネン
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「ナビゲーター (モータースポーツ)」の記事における「ティモ・ラウティアイネン」の解説
マーカス・グロンホルムのナビ。グロンホルムの義弟(ラウティアイネンの方が年上だが、グロンホルムの妹と結婚したため)。2000年と2002年にプジョーでWRCチャンピオンを獲得した。
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