カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)の意味・解説 

カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/25 05:27 UTC 版)

カール
Karl
グリュックスブルク公カール
グリュックスブルク公
配偶者 ヴィルヘルミーネ・フォン・デーネマルク
家名 グリュックスブルク家
父親 フリードリヒ・ヴィルヘルム
母親 ルイーゼ・カロリーネ
出生 (1813-09-30) 1813年9月30日
デンマーク王国
シュレースヴィヒ公国シュレースヴィヒ、ゴットルフ城
死亡 (1878-10-24) 1878年10月24日(65歳没)
ドイツ帝国
プロイセン王国、ルイーゼンルント
宗教 キリスト教ルーテル教会
テンプレートを表示

カール・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルクドイツ語: Karl von Schleswig-Holstein-Sonderburg-Glücksburg, 1813年9月30日 - 1878年10月24日)は、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公(在位:1831年 - 1878年)。デンマーク語名はカール・ア・スレースヴィ・ホルステン=セナーボー=グリュクスボーCarl af Slesvig-Holsten-Sønderborg-Glücksborg)。デンマーク王クリスチャン9世の長兄にあたる。

生涯

グリュックスブルク公フリードリヒ・ヴィルヘルムとその妻のヘッセン=カッセル公女ルイーゼ・カロリーネの長男としてゴットルフ城英語版で生まれる。

1831年にフレゼリク6世からオレンボー歩兵連隊の大尉に任じられ、その3週間後の父の死に伴ってシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公爵位を相続した。

1838年5月19日、コペンハーゲンアマリエンボー宮殿で従姉のデンマーク王女ヴィルヘルミーネ・マリーエ(フレゼリク6世の六女)と結婚した。ヴィルヘルミーネ・マリーエは再従兄のフレゼリク王子(後のデンマーク王フレゼリク7世)と離婚しており、カールとは再婚であった。

第一次シュレースヴィヒ戦争英語版の際、カールはドイツ連邦側に与したため、デンマーク王室との関係が悪化した。戦争勃発時はキールに居住していたが、すぐにドレスデンに移った。1852年にデンマーク王室と和解した後はデンマークに戻り、夏はルイーゼンルント英語版、冬はグリュックスブルク城英語版に居住した。

ヴィルヘルミーネとの間に子供はなく、1878年にルイーゼンルントで死去した。死後は次弟のフリードリヒが後を継いだ。

脚注

先代
フリードリヒ・ヴィルヘルム
グリュックスブルク公
1831年 - 1878年
次代
フリードリヒ


このページでは「ウィキペディア」からカール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)を検索した結果を表示しています。
Weblioに収録されているすべての辞書からカール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)を検索する場合は、下記のリンクをクリックしてください。
 全ての辞書からカール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公) を検索

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)」の関連用語

カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカール (シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク=グリュックスブルク公) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS