オグニェン・ヴコイェヴィッチとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > オグニェン・ヴコイェヴィッチの意味・解説 

オグニェン・ヴコイェヴィッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/02 00:45 UTC 版)

オグニェン・ヴコイェヴィッチ
ディナモ・キーウ時代(2011年)
名前
ラテン文字 Ognjen Vukojević
基本情報
国籍 クロアチア
生年月日 (1983-12-20) 1983年12月20日(41歳)
出身地 ビェロヴァル
身長 184cm
体重 76kg
選手情報
ポジション MF (DMF)
利き足 右足
ユース
ムラドスト・ジュドラロヴィ英語版
ビェロヴァル英語版
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2003 ビェロヴァル 7 (0)
2003-2005 スラヴェン・ベルポ 53 (5)
2005 リールセ 9 (0)
2006-2008 ディナモ・ザグレブ 66 (11)
2008-2015 ディナモ・キーウ 141 (10)
2013 スパルタク・モスクワ (loan) 9 (0)
2014-2015 ディナモ・ザグレブ (loan) 17 (0)
2015-2017 アウストリア・ヴィーン 22 (1)
2001-2017 通算 324 (27)
代表歴2
2003-2005 クロアチア U-21 17 (3)
2007-2014 クロアチア 55 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年8月14日現在。
2. 2016年7月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

オグニェン・ヴコイェヴィッチOgnjen Vukojević, 1983年12月20日 - )は、クロアチア(旧ユーゴスラビア)・ビェロヴァル出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションは守備的ミッドフィールダー

クラブ経歴

初期

NKムラドスト・ジュドラロヴィでサッカーを始め[1]、NKビェロヴァルを経て、2003年にNKスラヴェン・ベルポでプロキャリアを開始した。2005年にベルギー1部リールセSKと契約するも出場機会はあまりなく、同年12月にクロアチアへ帰国しNKディナモ・ザグレブと契約を締結した。

ディナモ・ザグレブ

2006年3月4日のNKメジムリェ戦(ホーム3-0勝利)で移籍後初出場を飾って以降、同2006-07シーズンに地位を確立し、そのプレースタイルから度々"ディナモ(もしくはクロアチア)のガットゥーゾ"の愛称で呼ばれた[2]。また、欧州カップ戦ではUEFAチャンピオンズリーグ 2006-07予選FKエクラナス戦とアーセナルFC戦との4試合、UEFAカップ2006-07・1回戦AJオセール戦との2試合の全6試合中全試合に出場し、うちエクラナス戦(ホーム5-2勝利)で1得点を挙げた。

翌2007-08シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08予選6試合、UEFAカップ 2007-086試合の全12試合中全試合に出場。前者ではNKドムジャレ戦とヴェルダー・ブレーメン戦、後者ではSKブラン戦(アウェイ1-2敗北)の同点弾とスタッド・レンヌ戦(アウェイ1-1)の先制点と、それぞれ1得点を挙げた。国内リーグ戦の方では29試合11得点を挙げ、クラブの3連覇に貢献。また、国内カップ戦では2連覇を達成した。

ディナモ・キエフ

2008年5月26日にFCディナモ・キーウと5年契約を締結[3]。7月19日のFCイリチヴェツ・マリウポリ戦(ホーム2-0勝利)でリーグ戦初出場を飾ってから、すぐさまにレギュラーとして地位を確立した。

UEFAチャンピオンズリーグ 2008-09予選ドロヘダ・ユナイテッドFC戦とFCスパルタク・モスクワ戦の全4試合中前試合に出場し、本大会進出に貢献。本大会では、初戦のアーセナルFC戦(ホーム1-1)でバカリ・サニャにファールをされPKを獲得し、それをイスマエル・バングラが決め先制した[4]

2008年10月4日のFCハルキウ英語版戦(アウェイ4-0勝利)で移籍後公式戦初得点にして先制点を挙げる。その後のチャンピオンズリーグではグループリーグ全6試合中全試合に出場するも、決勝トーナメント進出は叶わなかった。しかし、グループリーグ3位で終えたことでUEFAカップ 2008-09出場権を獲得し、引き続き欧州カップ戦挑戦に貢献した。そのUEFAカップでも定期的に起用され、2009年3月12日にFCメタリスト・ハルキウとのベスト16第1戦(1-0勝利)で欧州カップ戦初得点を挙げる[5]。続く第2戦ではイエローカードの累積警告により出場停止だったものの、アウェーゴール・ルールによりクラブは準々決勝に進出した。その準々決勝では、パリ・サンジェルマンFCとの第2戦目(3-0勝利)で最後の得点を挙げ、2試合合計3-0で準決勝に進出が決定した[6]

スパルタク・モスクワ

それまでは中心選手として起用されていたものの、中盤のポジション争いでミゲル・ヴェローゾデニス・ハルマシュの後塵を拝するようになり、2012-13シーズン終了までロシア1部のスパルタク・モスクワへの期限付き移籍が決定[7]。2013年8月7日には古巣ディナモ・ザグレブへ復帰することが伝えられた[8] が、公式発表されることはなかった。

アウストリア・ヴィーン

2016年6月2日、オーストリア・ブンデスリーガFKアウストリア・ヴィーンに2年契約で移籍することが発表された[9]

現役引退

2016-17シーズン限りで現役を引退し、古巣であるディナモ・キエフの東欧スカウトに就任した[10]

代表経歴

2007年8月にクロアチア代表に初招集され、10月16日にスロバキアとの親善試合(3-0勝利)でハーフタイムから初出場を飾ると、その僅か2分後に初得点を挙げた。EURO2008予選マケドニア戦(アウェイ0-2敗北)で試合残り15分からニコ・クラニチャールに代わり公式戦初出場を飾る。EURO2008の一員にも選出され、全4試合中2試合に出場。開催国オーストリアとの開幕戦でイヴィツァ・オリッチと交代で途中出場し、グループリーグ最終戦のポーランド戦で先発フル出場した。チームは両試合に1-0で勝利を収めている。

2008年10月11日のウクライナ戦(0-0)で2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選初出場、続く4日後アンドラ戦(ホーム4-0勝利)にもウクライナ戦同様に先発出場を果たした。

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 55試合 4得点(2007年-2014年)[11]


クロアチア代表国際Aマッチ
出場得点
2007 2 1
2008 8 0
2009 9 1
2010 9 0
2011 8 1
2012 10 1
2013 7 0
2014 2 0
通算 55 4

タイトル

クラブ
ディナモ・ザグレブ
ディナモ・キエフ

脚注

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「オグニェン・ヴコイェヴィッチ」の関連用語

オグニェン・ヴコイェヴィッチのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



オグニェン・ヴコイェヴィッチのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのオグニェン・ヴコイェヴィッチ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS