イランにおける女性の人権
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/06 09:41 UTC 版)
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イランにおける女性の人権(イランにおけるじょせいのじんけん)は、イランにおける女性の人権問題である。1906年のイラン立憲革命以降近代化が進んで改善も見られるものの、1979年のイラン革命以降の『イラン・イスラーム共和国』のイスラム原理主義下でそれらが破棄され一般に劣悪であるとされる。
20世紀末末頃から21世紀初頭のイランにおいては、他の先進国に比較して女性の人権が厳しく制限されていた。世界経済フォーラム発表の2017年版ジェンダーギャップ指数においてイランは144ヶ国中140位であった[1]。2017年には、イランの全労働者のうち女性は19%で1990年から7%の伸びが見られた。同年にアメリカ・ジョージタウン大学の女性平和安全研究所発表の指数では153ヶ国中で最低水準にあった。この指数では、他の中東諸国に比較して、イランの女性は金融口座、教育、携帯電話を容易に利用できることも示された[2]。
歴史的経緯
アケメネス朝
アケメネスの統治の間、古代ギリシャの歴史文書によると女性の市民政治に参加が許可されていなかった。
イラン革命以前
1906年から1911年にかけてのイラン立憲革命は、イランに西洋的文明と立憲政治に基いた近代化をもたらし、その背景化に『女性愛国協会』(en:Jamiat Nesvan Vatankhah)結成された。彼女たちは、近代的ナショナリズムのもとに、現在的な洋服を着て生活し、貧困者や少女の権利の擁護に努めた。1963年の白色革命以降は、婦人参政権や一夫一妻制など、一層の近代化が進められた。しかし地方や農村地域の貧困は改善されず、民衆の不満は高まり、保守的原理主義が台頭し、1979年のルーホッラー・ホメイニーの指導下のイラン革命以降成立した、イラン・イスラーム共和国社会から一掃されることとなる。しかし、イランにおいてトランスセクシャルの性別適合手術が合法化され国の支援が受けられるよう認めたのはホメイニーであった。
性的自由
イランではシーア派イスラームのシャリーアに基づく神権政治がしかれており、婚外交渉が非合法(ハラーム)であるなど性的自由はきわめてきびしく制限されている。婚外交渉は発覚した場合石打ち刑であり、国際社会から極めてきびしい非難を浴びている。
服装の自由
イランではヘジャーブをかぶらない女性は宗教警察により逮捕される。また女性の体のラインを強調する服装も禁止されている。しかし現在ではテヘランの若い女性はジーパンに短めのヘジャーブで済ませることもあり、宗教警察から『バッドヘジャービー』として敵視されている。
教育
2022年11月から、女子生徒を狙った「毒ガステロ」が相次いでいる[3][4]。2023年2月までの3か月間で、イラン国内の少なくとも15都市30校が攻撃を受け、700人以上の生徒が被害を受けたという。これは女子教育の停止が目的であるとみられており、マフサ・アミニの死での反政府デモに対するイスラム原理主義勢力による報復であるとされる。
社会進出
女性の社会進出に関してはイラン・イスラーム共和国はむしろ成功したといえる。これは保守的・教条的イスラームに基づく道徳観を持っていた年長者が社会のイスラーム化によりかえって女子教育や女性の就業に安心感を抱くようになったことが大きい。革命の指導者ホメイニー自身も女性の社会進出は重要であり、女性の権利の拡充も積極的に行うべきとしていた。ただこれはあくまでも『イスラームの絶対的支配に基づく社会規範』に服従する限りにおける女性の社会進出の容認である。近年では、女性の地位向上を含めて人権や民主化の推進のために活躍し、2003年ノーベル平和賞を受賞したシーリーン・エバーディーを中心とした活動家が注目されているが、エバーディーも、たびたび脅迫や投獄を経験し賞金を当局に没収されるなど、依然として困難な状況下にある。
脚注
- ^ “World Economic Forum” (2018年4月17日). 2018年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月17日閲覧。
- ^ “Women Peace and Security Index 2017/18”. Georgetown Institute for Women, Peace and Security. 2023年10月6日閲覧。
- ^ “イランの女子校30校で毒ガス被害”. 東亜日報 (2023年3月2日). 2023年3月3日閲覧。
- ^ “イラン聖地で女子生徒に毒物 「教育停止目的」か”. AFPBB News (2023年2月27日). 2023年3月3日閲覧。
関連項目
- イランにおける女性の人権のページへのリンク