液体呼吸 医療での利用

液体呼吸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/25 23:50 UTC 版)

医療での利用

2017年現在の所、液体呼吸は未熟児の治療、および火事などによる重度の肺の負傷の治療に使われるとされる。

液体呼吸が医療現場で用いられ始めたのは、アライアンス・ファーマスーティカル (Alliance Pharmaceutical) 社によるパーフルオロオクチルブロミド、略称パーフルブロン (perfluburon)、商品名リキベント (LiquiVent) の開発以降である。パーフルブロンは代替血液として、また液体呼吸の目的に有用であり、感染症、重度の火傷、毒物の吸引、早産などによって肺胞嚢がつぶれるなど深刻な呼吸機能不全を起こしている患者の肺に直接滴下される。肺に入ると、パーフルブロンはつぶれた肺胞を広げ、酸素・二酸化炭素のより効率的な輸送ができるようにする。2017年現在、これまでの実験は主に未熟児について行われており、成人への使用の試みは目下進行中である。

心臓から体の各部分に流れ出る全ての血液はまず肺を通り、そこで酸素の取り込みと二酸化炭素の放出を行う。例えば呼吸窮迫症候群を持つ未熟児に一般的に見られるように、肺は正しく機能していないと硬化しつぶれてしまうため、人工呼吸器を装着しなければならない。ニューヨーク州立大学バッファロー校のコリン・リーチ (Corrinne Leach) らによる研究では、13人の呼吸窮迫症候群を持ち人工呼吸器がつけられている未熟児に対して試験が行われた。この乳児たちは肺が表面張力によってつぶれるのを防ぐ界面活性物質を生成することができないため死の危険にさらされていた。また同時に、肺を膨らませる人工呼吸器によって重く恒久的な肺への損傷を受ける危険もあった。そこで、肺をパーフルブロンで満たすことによって肺胞嚢を広げ、呼吸を可能にする試みがなされた。より低い圧力で肺が膨らまされ、より効率的に、低い負荷で肺を通した血液中への酸素の取り込み・二酸化炭素の放出が起こると期待された。この試みは成功した。

この13人の未熟児には24から76時間の部分的な液体呼吸が施された。特に困難や有害な副作用を起こすことなく空気呼吸に戻され、13人のうち11人に肺機能の目覚しい向上が見られた。その後6人が死亡したが、これは明らかに液体呼吸以外の原因によるものであった[8]

未熟児、子供、大人に対する臨床試験が行われた。この方法の安全性やガス交換機能の向上能力が著しいため、救命能力の高さを理由としてアメリカ食品医薬品局 (FDA) はこの製品を優先承認対象 (fast track) に指定した。これは、この製品の迅速な審査とできる限りすばやく安全な上市を計画することを意味する。しかし、期待通りの臨床試験結果が得られず、アライアンス社は部分的液体呼吸についての研究を断念した。

適用形態

液体呼吸における近年の発展にもかかわらず、パーフルオロカーボン (PFC) の応用法の標準的な形態はいまだ確立されていない。

TLV

肺を完全に液体で満たす完全液体呼吸 (total liquid ventilation, TLV) は有益な点もあるが、1回ずつ呼吸量のPFCを肺に出し入れするためにポンプ、加温機、膜型酸素供給装置などからなる管を用いた送液系を必要とするのが大きな欠点である。

PLV

一方、部分的液体呼吸 (partial liquid ventilation, PLV) は酸素・空気混合気体をパーフルオロカーボンで満たされた肺に送るので、気体呼吸用の標準的な人工呼吸器を適用することができる。酸素供給、二酸化炭素排出、肺機能における PLV の影響は、種々の肺疾患モデルを用いたいくつかの動物実験によって明らかにされている。急性呼吸窮迫症候群 (ARDS)、胎便吸引症候群、先天性横隔膜ヘルニア、新生児での呼吸窮迫症候群 (RDS) といった患者に対する PLV の臨床応用が報告されている。パーフルオロカーボンを満たした肺の状態によって機器の設定が決まるため、PLV には非常な注意を要する。機能的残気量 (FRC) のパーフルオロカーボンの肺への注入および維持には高度な専門知識が必須とされる。PLV では系が乱れると即座にガス交換の悪化につながる。肺を完全に満たさないと、機能的残気量体積を満たした場合よりも効果が落ちることが示されている。ガス交換や肺の循環機能に影響を与える危険で重大な事故の可能性のあることが PLV の使用を制限している。

PFC の新たな適用法も開発されている[9]

PFC 蒸気

パーフルオロヘキサン用に調整された2つの麻酔剤気化装置で気化させたパーフルオロヘキサンは、羊におけるオレイン酸を原因とする肺疾患に対してガス交換を向上させる効果があることが示されている[10]。が気化に適しているのは主に高い蒸気圧を持つ PFC である。

エアロゾル状 PFC

エアロゾル化したパーフルオロオクタンによる、オレイン酸を原因とする肺疾患を持つ成体の羊における酸素の取り込みと肺機能の著しい向上が示されている。界面活性物質欠損症の子ブタに対してもエアロゾル状PFCによるガス交換・肺機能の持続的な向上が実証されている[11]。適切なエアロゾル発生装置が PFC の効率的なエアロゾル化において決定的な要因であり、異なる装置を用いた PF5050 (不純物を含む FC77)のエアロゾル化は界面活性物質欠損症のウサギに効果がなかったと報告されている (Kelly)。部分的液体呼吸とエアロゾル状 PFC は肺の炎症反応を低減するとされる[12]


  1. ^ Clark, L. C., Jr.; Gollan, F. (1966). "Survival of Mammals Breathing Organic Liquids Equilibrated with Oxygen at Atmospheric Pressure". Science 152: 1755–1756. アブストラクト DOI: 10.1126/science.152.3730.1755 PMID 5938414
  2. ^ Brice, T. J.; Coon, R. I. (1953). "The Effects of Structure on the Viscosities of Perfluoroalkyl Ethers and Amines". J. Am. Chem. Soc. 75: 2921–2925. DOI: 10.1021/ja01108a039
  3. ^ a b c Tham, M. K. et al. (1973). "Physical Properties and Gas Solubilities in Selected Fluorinated Ethers". J. Chem. Eng. Data 18: 385–386. DOI: 10.1021/je60059a011
  4. ^ この場面はイギリスでは動物虐待であると看做され取り除かれた
  5. ^ Miyamoto, Y.; Mikami, T. (1976). "Maximum capacity of ventilation and efficiency of gas exchange during liquid breathing in guinea pigs". Jpn. J. Physiol. 26: 603–618. PMID 1030748
  6. ^ Koen, P. A. et al. (1988). "Fluorocarbon ventilation: maximal expiratory flows and CO2 elimination". Pediatr Res. 24: 291–296. PMID 3145482
  7. ^ Matthews, W. H. et al. (1978). "Steady-state gas exchange in normothermic, anesthetized, liquid-ventilated dogs". Undersea Biomed. Res. 5: 341–354. PMID 153624
  8. ^ Leach, C. L. et al. (1996). "Partial Liquid Ventilation with Perflubron in Premature Infants with Severe Respiratory Distress Syndrome". NEJM. 335 (11): 761–767. PMID 8778584
  9. ^ Hlastala, M. P.; Souders, J. E. (2001). "Perfluorocarbon Enhanced Gas Exchange". Am. J. Respir. Crit. Care Med. 164: 1–2. PMID 11435228
  10. ^ Bleyl, J. U. et al. (1999). "Vaporized perfluorocarbon improves oxygenation and pulmonary function in an ovine model of acute respiratory distress syndrome". Anesthesiology 91: 340–342. PMID 10443610
  11. ^ Kandler, M. A. et al. (2001). "Persistent Improvement of Gas Exchange and Lung Mechanics by Aerosolized Perfluorocarbon". Am. J. Respir. Crit. Care Med. 164: 31–35. PMID 11435235
  12. ^ von der Hardt, K. et al. (2002). "Aerosolized Perfluorocarbon Suppresses Early Pulmonary Inflammatory Response in a Surfactant-Depleted Piglet Model". Pediatr. Res. 51: 177–182. PMID 11809911
  13. ^ ツィオルコフスキー, コンスタンチン (1960). 月世界到着!―ヒマラヤから月へ. 東京: 朋文堂 






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