アンタナナリボ 概要

アンタナナリボ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/13 08:35 UTC 版)

概要

地名は直訳すると「An(地名の接頭辞)+tanana(町)+arivo(千)」で「千の町」となる。千は「数が多い」という意味である。

マダガスカル最大の都市で首都機能を持ち、マダガスカル経済の中心地でもある。2013年現在の人口は、約210万人。周辺部も含めると400万人が生活している。

アンタナナリボは歴史的にメリナ人の首都であり、この都市の1,275,207人(2018 Census) で住民の大部分を占めている。

街の中心となるのは独立大通りで、官公庁などの政府関係の建物が立つ。独立大通りの南には「アヌシ湖(Lac Anosy)」があり、周囲に緑地が広がる。

独立大通りの先、中心から南東方面に4kmほどの丘の上には、メリナ王国時代に立てられた女王宮英語版 がある。フィレンツェ様式の建物であったが、1995年11月の火事で建物内部は全焼してしまった。

歴史

もともとはアナラマンガ(マダガスカル語で青い森の意味)と呼ばれたメリナ族の村で、1625年に町として開かれた。17世紀末から18世紀初頭にかけて、イメリナ王国のアンドリアンジャカ王により都市が造営された。メリナ王国がマダガスカルを統一した後、1794年にアンブヒマンガからこの地に遷都された。

1896年にマダガスカルがフランスの植民地に入った後も、植民地政府の首都機能が置かれて栄えた。1929年5月には、反植民地のデモが行われた。

2009年1月から3月にかけて発生したマダガスカル・クーデター(政治危機)の際には、アンタナナリボ市長アンドリー・ラジョエリナ率いる野党と大統領(当時)マーク・ラヴァルマナナの警備隊が衝突し、100人以上の死者が出た。

地理

マダガスカルの中央に広がる中央高地に位置し、標高は1,200mを超える。アンタナナリボ州の州都である。


  1. ^ Demographia World Urban Areas PDF (March 2013)”. Demographia. 2013年11月24日閲覧。
  2. ^ Antananarivo Climate Normals 1961–1990”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2013年11月30日閲覧。
  3. ^ BBC Weather – Antananarivo”. BBC Weather. 2013年10月24日閲覧。
  4. ^ 「東部・南部アフリカ」(ベラン世界地理体系10)p170 田辺裕・竹内信夫監訳 朝倉書店 2019年6月10日初版第1刷


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