2度目のドラフト1位指名入団拒否
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 02:57 UTC 版)
「江川事件」の記事における「2度目のドラフト1位指名入団拒否」の解説
11月22日、ドラフト会議が東京・九段下のホテルグランドパレスにて午前11時より開催され、今回も4年前と同じくくじによって球団の指名順位を決定する「変則ウェーバー方式」であった。予備抽選ではこの年の優勝チームで日本一となった阪急ブレーブスの所属するパ・リーグの最下位、クラウンライターライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)が一番に、次いでセ・リーグの優勝チームで日本シリーズで阪急に敗れた巨人が所属するセ・リーグの最下位、大洋がくじを引き、パ・セの下位チームが交互に抽選を行った。その結果、クラウンが指名順位の1番を引き当て、巨人は2番目だった。クラウンは江川を1位指名し、巨人は早稲田大学の山倉和博を指名した。 しかし、江川は12月3日に父親の二美夫、船田、船田の秘書の蓮実進らと共に東京・赤坂のクラウンの東京事務所にオーナーの中村長芳を訪れ、入団を拒否することを伝える。この後、東京・平河町の船田事務所にて記者会見し、入団拒否を正式に表明。会見であらかじめ用意したメモを読み上げ「指名された球団(クラウン)は、関東に住む私にはなじみの薄かったこと、球団が遠隔地(九州・福岡)であるため、私の関係者が私のプレーを見られないという意見も多かった。今まで私はこれら関係者の多大な援助を受け、育ってきたので無視することができなかった」などと語った。 12月5日、クラウンの渉外部長の青木一三が早朝に船田事務所に電話し、応対した秘書の蓮実に対し会談を申し入れたが予定が詰まっているとして拒否される。9日、メジャー・リーグのウインターミーティングに参加していたオーナーの中村が帰国し、赤坂の中村事務所にて青木らと共に協議し、江川側と交渉を試みることを確認。12日、中村は午前に船田事務所を訪れたが船田は不在だった。このため秘書の蓮実に船田との面会を求めているとして協力を要望。しかし夕方、蓮実は赤坂の中村事務所に電話で連絡し「3日に入団を拒否することを伝えたので、改めてお会いすることはないと思う」との船田の意向を伝えた。蓮実はこの時、作新学院が10日の理事会で江川が大学を卒業後に同校に迎え入れることを決定したと伝えた。 中村は翌13日の正午、船田事務所を訪問したが船田は不在。再度、蓮実に電話で船田との面会を求めたが、拒否される。秘書の大島孝が報道陣に対し「もう船田先生も会われませんよ。中村オーナーが何度会われても同じです。船田先生に中村オーナーの意向を伝えることもないでしょうし、こちらからも連絡はしません」と説明した。中村は15日午前10時に船田事務所を訪れたが、今度は船田も秘書も全員不在で会うことは出来なかった。 なお、江川は引退後のインタビュー等で、巨人でなくとも関東のセ・リーグ球団であるヤクルトスワローズ、横浜大洋ホエールズ(現:横浜DeNAベイスターズ)からの指名であれば入団するつもりだったと語っている。この点について江川は後に、巨人との対戦機会が多いことに加え、当時交際中だった後の夫人が東京在住のため遠距離恋愛を避けたいという点を考慮し、「首都圏のセ・リーグ球団なら」との思いを固めていたことを語っており、クラウンライターは福岡市を本拠地とするパ・リーグ球団のため、江川が望む条件とは大きくかけ離れていた。
※この「2度目のドラフト1位指名入団拒否」の解説は、「江川事件」の解説の一部です。
「2度目のドラフト1位指名入団拒否」を含む「江川事件」の記事については、「江川事件」の概要を参照ください。
- 2度目のドラフト1位指名入団拒否のページへのリンク