雀鬼会と麻雀界
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竹書房主催の麻雀最強戦では、桜井の弟子たちが優勝したことがある(1992年第4回大会優勝 佐々木秀樹、1993年第5回大会優勝 山田英樹)。特に優勝したこの2名が取り上げられるが他の雀鬼会のメンバーも出場している。6回以降長らく出場をしていなかったが、第20回で金村尚紀が出場し、準優勝している。第3回優勝の伊藤優孝、第9回優勝の土田浩翔、2014年優勝の藤田晋、2019年優勝の鈴木大介は雀鬼会所属経験があるほか、第1回優勝者である片山まさゆきは"雀鬼の代走"として出場し優勝した。 その後も近代麻雀ゴールド誌では、2005年の廃刊直前まで、桜井と雀鬼会を題材にした漫画や記事がかなりの割合を占めていた。 桜井の弁によれば、将棋や囲碁のプロなどと比べて、麻雀プロという名を持つ人々の自覚に欠ける点を感じ、彼らへの叱咤激励の意味で参加していたが、そのプロが変わるという希望が持てなくなったことを、参加しなくなった理由の一つにあげている。しかし、桜井自身が出場しないことに批判もある。 最強戦に参加しなくなったのは第5回の打ち上げで長谷川和彦が雀鬼会の事を非難したからであるとも言われている。第5回最強位戦の打ち上げパーティー会場で長谷川がマイクで「雀鬼会の麻雀はロボットじゃねぇか!」「あんなの麻雀じゃねぇ!」と毒づいたところ優勝者の山田英樹が長谷川に襲い掛かろうとして近代麻雀ゴールドの編集長の松田(当時)が「僕たちも悔しいですがやめてください!」と号泣しながら止めに入り会場は一時騒然となった(他数人も山田の制止に入った)。このとき桜井は怒って付き添いの雀鬼会のメンバーに「酒もってこい!」と酒を持ってこさせて飲めない酒を飲んでいた。 この騒動が半年後の週刊新潮に載り、それを読んだ桜井の知り合いの右翼団体が牌の音に電話を掛け(電話に出たのは山田英樹)「あんな悲しい事があったんだね」「長谷川は許せないな!」「あとは俺たちに任せといて」と右翼団体幹部が言ったのに危険を感じた山田英樹が桜井に知らせた。この事件以降、長谷川はおとなしくなり、後に最強戦に優勝した時に「雀鬼会の方にもまた出場してほしいです」と言った。
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