貝紫色と古代紫
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/27 02:12 UTC 版)
貝紫色を「古代紫」と呼ぶことがある。これを「西洋の古代紫(=貝紫色)」、「日本の古代紫」と分けて解釈すれば、前者は貝紫といわれる貝(アッキガイ科の巻貝)の染料で染められる赤に近い紫、後者はムラサキソウの根を染料として染色した赤と青の中間の紫と理解できる。 しかし、日本でも吉野ヶ里遺跡から貝による紫染めをした絹布片の発掘例があり、古代においては貝紫の利用が認められる。603年に冠位十二階が定められ最高位は紫色とされたが、この時代にはムラサキソウによる染色が行われるようになり、貝による染色は忘れ去られたと考えられる。 ただし、今日でも三重県志摩の海女の間で磯手拭や襦袢などに星形の印(セーマン)と格子状の印(ドーマン)を古代紫(貝紫色)で描き、海での安全を祈願する習慣が現存する。陰陽師の安倍晴明と蘆屋道満に由来するといわれ、事実なら平安時代から続くことになる。
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