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よしのがりいせき ―ゐせき 【吉野ヶ里遺跡】
国指定文化財等データベース |
吉野ヶ里遺跡
| 名称: | 吉野ヶ里遺跡 |
| ふりがな: | よしのがりいせき |
| 種別: | 特別史跡 |
| 種別2: | |
| 都道府県: | 佐賀県 |
| 市区町村: | 神埼市、神埼郡吉野ヶ里町 |
| 管理団体: | |
| 指定年月日: | 1990.05.19(平成2.05.19) |
| 指定基準: | 史1 |
| 特別指定年月日: | 平成3.05.28 |
| 追加指定年月日: | 平成11.07.13 |
| 解説文: | H11-07-054[[吉野ヶ里]よしのがり]遺跡.txt: 吉野ヶ里遺跡は、弥生時代における有力首長層の成長や「国」の形成を考えるうえで、欠くことのできない大規模な環濠集落として、平成2年に史跡に指定された。その後、佐賀県教育委員会が実施した確認調査により南北約1キロメートル、東西約600メートル、面積にして約40ヘクタールに及び集落の規模と、弥生時代前期から後期にわたる集落の変遷過程や集落と一体的に変遷する墳墓の形成過程等が明らかとなり、きわめて高い学術的価値と他に例をみない豊富な情報を有する遺跡として、平成3年に特別史跡に指定された。 集落内部中央には、環豪を巡らせた「北内郭」および「南内郭」があり、その内部には大型の掘立柱建物等がみられ、特別な機能を有し集落内で重要な位置を占める区画と考えられている。このうち二重の環濠に囲まれる「北内郭」の東南部から南部にかけての一部が未指定地となっていた。今回この地域について、地権者の同意が得られたため、特別史跡に追加して指定し、保存を図ろうとするものである。 |
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吉野ヶ里遺跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/04 05:08 UTC 版)
吉野ヶ里遺跡(よしのがりいせき)とは、佐賀県神埼郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に、およそ50ヘクタールにわたって遺構が残る、弥生時代の大規模な環濠集落跡である。
1986年(昭和61年)からの発掘調査によって発見され、現在は国営吉野ヶ里歴史公園として一部を国が管理する公園となっている。物見やぐらや二重の環濠など防御的な性格が強く日本の城郭の始まりとも言えるもので、2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(88番)に選定され、2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。
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- 1 吉野ヶ里遺跡とは
- 2 吉野ヶ里遺跡の概要
- 3 交通
固有名詞の分類
吉野ヶ里遺跡に関連した本
- 吉野ヶ里遺跡―復元された弥生大集落 (日本の遺跡) 七田 忠昭 同成社
- 邪馬台国と吉野ケ里 松下 孝幸 學生社
- 吉野ヶ里遺跡は語る 佐原 真 學生社
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