戦国武将覚書 |
立花道雪(たちばな どうせつ) 1513~1585
○戸次氏 八幡丸 孫次郎 鑑連 伯耆守 左衛門大夫
◇父:戸次親家 室:入田丹後守女、問注所統景女、宗像氏貞女 養子:戸次鎮連、立花宗茂(高橋統虎)
豊後・大友氏臣。若い頃、落雷による負傷で下半身不随となり、合戦では家臣に駕籠を担がせて指揮を執った。生涯のほとんどを戦場で過ごし、多々良川の戦いにおいては数に勝る安芸・毛利軍を撃退し武名をあげる。大友一門の筑前・立花鑑載が安芸・毛利氏に通じて裏切った時、これを討ち後に立花氏を継ぐこととなった。しかし男子に恵まれず、一時は一人娘を男装させ立花城主としたが、やがて高橋統虎を婿に迎えて後嗣として厳しく育て上げた。筑前・秋月種実の柳川城攻略を前にして73歳で亡くなった。
◇父:戸次親家 室:入田丹後守女、問注所統景女、宗像氏貞女 養子:戸次鎮連、立花宗茂(高橋統虎)
豊後・大友氏臣。若い頃、落雷による負傷で下半身不随となり、合戦では家臣に駕籠を担がせて指揮を執った。生涯のほとんどを戦場で過ごし、多々良川の戦いにおいては数に勝る安芸・毛利軍を撃退し武名をあげる。大友一門の筑前・立花鑑載が安芸・毛利氏に通じて裏切った時、これを討ち後に立花氏を継ぐこととなった。しかし男子に恵まれず、一時は一人娘を男装させ立花城主としたが、やがて高橋統虎を婿に迎えて後嗣として厳しく育て上げた。筑前・秋月種実の柳川城攻略を前にして73歳で亡くなった。
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立花道雪
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/11/20 06:04 UTC 版)
立花 道雪/戸次 鑑連(たちばな どうせつ/べっき あきつら)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。豊後の戦国大名大友氏の家臣。なお、本人は立花姓を名乗っておらず、戸次鑑連または戸次道雪で通している。
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