特産品のヒシ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/23 08:18 UTC 版)
慶安3年(1650年)以前、ヒシの実は小物成として米、フグと共に年貢として納められていた。慶安3年(1650年)の検知によって翌慶安4年(1651年)の年貢上納より小物成としてではなく、本高に加えられた。本高入りすると同時に上納はすべて米納にかわっている。 池で採取されるヒシの実は、三河地域の特産品として広く知られており、『三河国二葉松』三河国土産名物器材部や、『毛吹草』諸国名産品の項においては「岩堀菱」の名称で紹介された。しかし、寛文4年(1664年)に江尻新田開発を行った岩堀村では、元禄年間(1688-1704年)にはヒシの実が不足し、上納対象からは外されている。 宝永元年(1704年)に天領支配になると菱の実が採れなくなり、年貢から除くことになった。
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