河野一郎との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/15 14:18 UTC 版)
河野一郎とは朝日新聞社の同僚であったが、田畑は政治部、河野は経済部(農政担当)に所属し、スポーツでは田畑が水泳、河野が陸上競技と対抗する場面が多かったため、世間からは「犬猿の仲」と思われていた。しかし実際には朝日新聞社時代の河野とほとんど会話する機会がなく、一緒に食事をしたこともなかったといい、不仲説は世間が作り出したイメージであった。 田畑と河野の深い関係が始まるのは、公職追放が解除された河野が、追放中の兄の一郎の代役で衆議院神奈川県第3区で当選していた弟の河野謙三(兄の没後に日本陸上競技連盟会長を引き継ぐ)との間で国政選挙の選挙区調整が必要になった際に田畑が兄弟間の仲介を行ってからである(田畑は河野謙三と親しかった。)。これ以降、田畑は河野一郎の日本陸上競技連盟会長就任時に祝辞を述べたり、2人で日本スポーツ界の改革のために競馬法を改正しようと画策したりした。競馬法改正のもくろみは、河野の死によって実現できなかった。
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