新羅の神宮祭祀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 20:16 UTC 版)
新羅第二代南解王の時に始祖赫居世居西干の始祖廟を建てて祭り、第二十二代智證王の時に始祖降臨の地、奈乙に神宮を創建し、第三十六代恵恭王の時に味鄒王・武烈王・文武王・親廟を神位として五廟とした。五廟については、『三国史記』巻三十二 雑志・祭祀条に「天子七廟、諸侯五廟」とあり、天子(中国)は七廟、中国の諸侯は五廟という、中国に対する諸侯の礼制に準じた、いわば中国の「忠実な属国」になりたいと祈念した。
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