彫刻的絵画と大型画
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「アントン・ラマザレス」の記事における「彫刻的絵画と大型画」の解説
(パリ-マドリッド、 1990-2003) 1990-91年、ラマザレスはシテ・デ・ザールから奨学金を受け、パリを拠点にした。1991年に、マドリッドに大きなアトリエを設け、『Gracias vagabundas(放浪の善意)』『Desazón de vagabundos(放浪者の不安)』というシリーズに取り組み始めた。1993年、タピエスと会ったラマザレスはヴェネツィア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞直後のタピエスにロングインタヴューを行い、出版した。現代美術ガリシアセンターの招きで1996年の5月から11月までガリシアで過ごし、『Gracias do lugar: Eidos de Rosalía, Eidos de Bama (彼の地の魅力:ロサリアの野原、バマの野原)』 を制作した。1997年の6月から11月まで、サンタバイアデマタロボにて『Bés de Santa Baia』の屋外作業を行う。同年、彫刻家のホルヘ・オテイサと知り合い、彼との長い対話はチュス・グティエレスによって、撮影された。1998年、マドリッドにて、カスティリャ地方の夏を讃えた、『Titania e Brao』シリーズ、『Pol en Adelán』 シリーズを創作した。この時期、『El Canto de la Cabeza』(Galería Sen、マドリッド)のグスターボ・マルティン・ガルソによる5つのテキストに合わせた一連のエッチング、エヘリアによる『Itinerarium』(Raiña Lupa、 パリ)――『ル・モンド・ディプロマティーク』紙において、ブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれた――の挿絵となるリトグラフを含め、数々のグラフィック作品を創作した。2001年には、ア・コルーニャの港で『Un saco de pan duro (硬いパンの袋)』というタイトルの大規模な展示を行った。ラマザレスの作品はスペイン外務省によるスペイン美術海外振興プログラムにおいて、アントニオ・サウラ、マルティン・チリノ、ホアン・フェルナンデス・ピフアン、ミラレス、パブロ・セラーノ、オテイザ、タピエスなどの他のスペインのアーティストとともに対象に選ばれた。この時期、ラマザレスはルネッサンス美術を鑑賞し、聖フランシスコの世界を知るためにフィレンツェ、アッシジを旅行した。彼の次のシリーズ『Follente Bemil』 は聖フランシスコに捧げられた。 「彼の作品はジャン・デュビュッフェやガストン・シェサックと彼のアール・ブリュットというコンセプトと比較されることが多いが、実際のところ、ラマザレスは常に現実と同一性という強風にさらされながら、ささやかな美を探究していたのだ」 グスターボ・マルティン・ガルソ『Jonás y la calabacera』2000
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