平城ニュータウン町名変更問題とは? わかりやすく解説

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平城ニュータウン町名変更問題

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 08:22 UTC 版)

平城・相楽ニュータウン」の記事における「平城ニュータウン町名変更問題」の解説

1985年昭和60年以前 1972年昭和47年7月 - 平城ニュータウン通称町名が「神功」「右京「朱雀」左京」と決まる。これは平城京跡に近いことから往時偲んだ鍵田忠三郎奈良市長当時)が付けたもので、市長将来行政町名にすることを約束1986年昭和61年8月 - 土地区画整理法により、住宅・都市整備公団換地処分公示が終わる1987年3月まで住居表示統一しなければならない奈良市は、住居表示審議会開き通称町名そのまま行政町名にすることを諮問。これについて同審議会副委員長網干善教関西大学教授一部地元住民が、平城ニュータウン位置平城京域とは重ならないことなどから、歴史教育意義を失うとして行政町名新たに決めることを主張一方多田羅右京自治連合会長らは「十年上使っており、愛着さえある。変更されれば各戸が不意の経費強いられる」と存続求めた9月 - 自治会主催公開シンポジウム開かれ存続派・変更それぞれ意見主張。なお、これに合わせて住民対象行われた意向調査では、全ての地区85%以上の住民存続希望したその後意見対立解消しないため、住居表示審議会地元住民学識経験者市議会議員ら8人からなる特別委員会設置12月 - 14年混乱なく使われてきた実績から、奈良市議会通称町名を正式地名として議決1987年昭和62年4月 -「神功」「右京「朱雀」左京が行町名となる。 網干善教関西大学教授が「奈良市名誉のために、だれかが正論を貫かねばならぬ。私はその一人になる」として、5月1日全国地名連盟総会奈良市憲章趣旨引用しながら町名変更問題取り上げ予定であることを明らかにする

※この「平城ニュータウン町名変更問題」の解説は、「平城・相楽ニュータウン」の解説の一部です。
「平城ニュータウン町名変更問題」を含む「平城・相楽ニュータウン」の記事については、「平城・相楽ニュータウン」の概要を参照ください。

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