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小松清猷

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/07 18:37 UTC 版)

小松 清猷(こまつ きよもと、文政10年1月24日1827年2月19日) - 安政2年6月17日1855年7月30日)は、幕末薩摩藩士。家格は一所持。本姓桓武平氏小松清穆の次男で母は島津彦大夫久遠の娘であり、久達は近思録崩れで連座して日向国馬関田郷の威徳院に蟄居を命じられたことがある。幼名は松壽。通称相馬。名は“きよみち”とも呼ばれる。小松氏当主。

薩摩国吉利(現在の日置市日吉町吉利)領主、清水地頭職。安政2年(1855年)琉球出張中に同地で客死した。この家督を継いだのが、小松帯刀である。帯刀は同時に宮之原主計の養女になった清猷の実妹千賀の婿になる。




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