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肝付兼善

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/06/14 18:28 UTC 版)

肝付 兼善(きもつき かねよし、享和2年2月7日1802年3月10日) - 明治9年(1876年1月14日)は、薩摩藩士。本姓伴氏家系肝付氏の庶流・喜入肝付家第10代当主。父は肝付兼般。幼名は米鶴丸。通称・主殿、典膳。了山と号した。名は兼喜とも。薩摩国喜入領主。中郷(現在の川内市)地頭職を勤めた。家督相続前に文化5年(1808年)7月26日に生まれた島津斉宣の8女寳と婚約し、寶は文化5年12月に肝付家に入るも、文化11年(1815年)に死去する。




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