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安宅冬康(あたぎ ふゆやす) 1528~1568

三好氏 神太郎 冬 一舟軒 摂津
◇父:三好元長? 養父安宅大炊介実俊? 子:安宅信康清康
 元は紀伊安宅荘に興った淡路水軍安宅一族阿波三好氏一族とも、安宅氏から三好氏に入嗣後に復姓したとも言われ、定かでない安宅水軍統括して淡路海域制海権抑えると共に和泉岸和田城にも進出して、陸海戦共に兄三好長慶畿内制圧助けた。だが、重臣松永久秀讒言により、長慶から謀反を疑われ、河内飯盛城誘殺された。和歌嗜み、書を能した教養人でもあった。


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安宅冬康

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/02 05:20 UTC 版)

安宅 冬康(あたぎ ふゆやす)は、戦国時代武将三好氏の家臣。


  1. ^ この時、冬康と共に入城した従者18人も生害されたという(『細川両家記』『足利季世記』『続応仁後記』)『三好長慶』〈人物叢書〉228頁。
  2. ^ 享年39ともされる。『三好長慶』〈人物叢書〉230頁。
  3. ^ (『言継卿記』)『三好長慶』〈人物叢書〉229頁。
  4. ^ 戦国 三好一族 250ページ
  5. ^ a b c 『三好長慶』〈人物叢書〉229頁。
  6. ^ (『足利季世記』『続応仁後記』)『三好長慶』〈人物叢書〉255頁。
  7. ^ 『平島家旧記』『三好別記』『阿州将吝記』『野史』、『三好長慶』〈人物叢書〉226頁。
  8. ^ 香西成資編「南海治乱記」巻之八・安宅摂津守冬康記
  9. ^ 冬康は文人としての色が強かったとされ、「能書歌人」「隠れ無き歌人」「陣中でも歌書を離さない」と言われたという。『三好長慶』〈人物叢書〉230頁。


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