安倍吉平(あべのよしひら) 954年(天暦8年)-1026年(万寿3年)
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安倍晴明の嫡子。父同様に賀茂光栄と並び称される陰陽師として藤原道長・藤原実資らに重用され、天文博士・陰陽博士から陰陽助にまで昇進し、位階は従四位上まで取り立てられた。五龍祭や四角祭を勤め(『日本紀略』)、藤原頼通に取り憑いた具平親王の悪霊を賀茂光栄と共に祈祷して取り除いたり(『宝物集』)、親仁親王(後の後冷泉天皇)出産の際に死去した皇妃嬉子の入棺・葬送に関する方法を藤原頼道に勘申したり(『栄花物語』)している。また『古今著聞集』には、医師・丹波雅忠と宴を囲んでいた際に、地震を予知したとの記載がある。
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