学生時代から助手、助教授時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/10 07:27 UTC 版)
「広瀬茂男」の記事における「学生時代から助手、助教授時代」の解説
1971年、日本機械学会畠山賞を受賞して横浜国立大学工学部を卒業。東京工業大学大学院に進学し、梅谷陽二助教授のもとで蛇の生物力学的研究に取り組む。蛇の移動原理を探求し、索状能動体の実験機を製作した。理論的、実験的に蛇の動きを検証する。 学位取得後は梅谷研究室において助手、助教授として、索状能動体や四足歩行ロボットに取り組む。四足歩行ロボットでは干渉駆動、負のパワーといった設計概念から、歩行アルゴリズムや段差検出のウィスカセンサの開発まで、広く行っている。それらの成果として、1985年の筑波科学博では四足歩行ロボット『TITAN IV』を安定して実演することに成功している。 また、1985年頃には博士後期課程に在学していた生田幸士と、バカなことを真面目にプレゼンテーションする「バカゼミ」を始めたり、学科の創造性教育節体型能動体の研究や、光学式の力センサの開発、地図生成システムの開発も行っている。
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